「第一話」着痩せするタイプ
──迷った。
うん、これは完全に迷ってしまった。
まず方角が分からない。取り敢えず太陽が昇ってきた方向に歩いているのだから東側なのだろうが、その他一切が分からない。歩いても、歩いてもどこまでも広いだけの荒野……建物も人間もいないし、所々木が生えているぐらいだろうか?
「お、お腹減った……喉乾いたー!」
弱音を吐いてみる。いつもなら隣で活を入れてくれる人がいたのに、今はいないという事実にやはり心が抉られる……優しさも厳しさも、今はただただ懐かしくて、それが無いのが寂しい。
せめてお肉の入ったシチューを、最後に食べたかったなぁと思う。別にこれからゼファーを助けてしまえば解決なのだが、それまでの道のりがなんだか長い気がする。それまでどうやって美味しい料理を食べるか……今解決するべき最大の難所に、私はぶち当たっていた。
「ううう、このままじゃ飢え死ぬぅ……何か、どこかに食べ物ぉ……」
「た、助けてー!」
「ふぇ?」
何やら声が聞こえた気がして、私はキョロキョロと周りを見渡す。すると斜め後ろ側の方向に、土埃を立てながら迫ってくる何かと、それを追う馬車があった。
「ヒャッハー! 待ちやがれぇ!」
「遅かれ早かれ捕まるんだ、大人しくしやがれ!」
「いやだぁ! はぁっ、はぁっ!」
目を凝らしてみると、それはなんとも奇妙な光景であった。鎧を着込んだブサイクな男が二人、馬車に乗って叫んでいる。二人が追う先には一匹の獣人……白い毛並みの美しい、しかしまだ子供のような弱々しさを感じさせる少年だった。
「うわぁ!」
と、私が見惚れていたその一匹は転び、そのままゴロゴロと地面を転がっていく。馬車は急停止し、中から二人が飛び降りた。
「く、来るな! 僕は食べても美味しくないぞ!」
「馬鹿野郎、お前みたいなキレーなヤツ……食うには勿体ねぇだろォン!?」
「皮をひん剥いて毛皮にするのもいいが、何しろ今回の俺たちは依頼で来たからな! お前を捕まえて依頼主に引き渡せば、俺達ぁしばらく遊んで暮らせるだけの金が手に入る!」
「そ、そんなぁ……」
何やら喜んでいるらしいが、獣人の少年は全然笑っていない。あの三人は知り合いなのだろうか? 友達……にしては年が離れていると思うし、もしややばい人たちに絡まれているのでは?
「さぁ、こっちに来やがれ!」
「離せ! いやだっ……いやだぁっ!」
何にせよ放っておくわけにもいかない。ここは未来の大魔法使いとして、最初の人助けをしてやろうじゃないか。──拳を握っては開きながら、私は三人組に近づいた。
「やぁやぁ君たち! こんな気持ちのいい平野のど真ん中でケンカはやめたまえ!」
「あ? だ、誰だお前」
ふふふ、よくぞ聞いてくれたでっかい方のチンピラ。では遠慮なく名乗らせてもらおうか……いずれ世界に轟く私の名を!
「私はアリーシャ、未来の大魔法使いになる女! これからすっごく有名になるから、その子を離してくれるなら握手ぐらいしてあげるけど……どう?」
「……こいつお前の知り合いか何か?」
「知らない! こんな、その……うん、残念な人とは関わりたくもない!」
「だよな」
「は?」
なんかよく分からない、分からないが……トンデモなく馬鹿にされている気がする。いやいや待て待て私、きっとこの阿呆共は驚いているのだ。目の前にいきなりとんでもなく可愛くて強くて美しい女魔法使いが現れたことに。うん、きっとそうに違いない。
「……と、とにかく! 私は超強くてあなた達じゃ足元にも及ばない用なスーパー魔法使いなの! だから怪我しないうちにとっとと逃げたほうが身のためだと思う!」
「……はぁ、ふざけてんのか?」
ため息をつくと同時に、小さい方のチンピラが武器を取り出す。本人の肩幅ほどの刃を持った、大きなナイフだった。
「俺たちがお前より弱いだぁ? おいおい嬢ちゃん、ふざけたこと言ってくれるじゃねぇの……杖も持ってねぇ魔法使いが、俺らに勝つ?」
「ジョークのセンスだけは最強だなぁ! ……ってかよく見たら結構可愛い顔してんじゃねぇか、お前もたっぷりと可愛がってから売り捌いてやるぜぇ」
いやぁ、気持ち悪い顔。外の人たちってみんなこうなのだろうか? それともゼファーと私の顔面偏差値が高すぎただけ? いやぁそれにしても不細工すぎやしないだろうか? まぁ取り敢えず、確認すべきことを確認する。
そう、あくまで私は魔法使い。
例え拳を振るうとしても、それは野蛮な暴力ではなく魔法なのだから。
「ちょっと何言ってるか分かんないけど、要するに私と戦うってこと? やめといたほうがいいと思うけどなぁ」
「問答無用! まずはその服ひん剥いてちっせぇ胸を晒してやるぜぇ!」
「やっぱコイツらぶちのめすッッ!!」
振るわれた横薙ぎの斬撃を低い姿勢で避けると同時に、怒りの拳を叩き込む。たっぷりと魔力を練り込んだ拳は、肉体を突き破ることも潰すこともなく……ただ痛みと衝撃だけを鳩尾に叩き込んだ。
「──か、はっ」
「あ、兄貴!?」
泡を吹いて倒れたそいつを、ちっこい方が揺さぶる。その手に武器が握られていない様子を見る限り、どうやら戦闘はこのデカいほうが担当していたのだろうか? 相当焦っているらしく、何度も何度も名前を読んでいた。──まぁ、それで私の怒りが収まるわけがないのだが。
「ねぇ、チンピラさん?」
「ひぃっ」
「私の胸、小さくないよね?」
「は、はぁ!? 何言って……いてててでででででっ!!?」
万力、いいやそんなものを使わずとも恐怖で支配してみせる。こいつにはその回答しか許さない、それ以外をした途端コイツの肩は握り潰す……目尻に涙を浮かべたチンピラに、私はもう一度聞く。
「小さく、ないよね?」
「……す」
暗い笑みを浮かべた私を見ながら、男は泡を吹いた。
「凄く、大きいです……」
私はそんな白目をひん剥いた男を見て、満面の笑みを浮かべた。
そう、私の胸は小さい訳では無い。
着痩せするタイプなのだ。
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