第76話

「こんな奴が何もせずに国の王になれるなんて随分とエヴァリルート王国の貴族たちの目は節穴ですね。まぁ……腐った王家ですから当然ですか」


「──ッ!ウィリアムを侮辱するなんて許さないわっ」


「よせっ!」



エヴァリルート国王の制止の声は虚しく、王妃はヴァンに向かって手を振り上げる。

パンッと乾いた音と共にヴァンの髪が揺れた。



「こんなこと許されるはずがないわ!お前の好きにはさせないっ!」


「なら僕も殺しますか?母を殺した時のように……」


「……ッ!」



消えた第一王子がシェイメイ帝国の人間としてやってきたことも、王妃が先代王妃を殺したことも、シルヴァンが国王と王妃によって殺されそうになっていたことも事実なのかと疑うような視線が向けられる。

王妃は否定も肯定もせずに唇を噛んだ。

そのことがますます他の貴族たちの不安を煽っていた。

淡々とヴァンから告げられる言葉が真実なのかと戸惑っているようだ。



「こ、この無礼な男を今すぐに捕えなさいっ!」



王妃は騎士たちを呼ぼうと叫ぶ。

いつもならばすぐに駆けつける騎士が一人も姿を現さないことに王妃は焦りを感じているようだ。



「誰も助けてはくれませんよ?今日のために入念に準備しましたから……」


「なっ……!?」


「あまりにも計画通りに動くものですから順調すぎて怖いくらいですよ」



フーフーッと荒く息を吐き出す王妃にヴァンは満面の笑みを浮かべながら口を開いた。



「ああ、挨拶がまだでしたね。僕はヴァン・シェイメイ……第八皇子でもありますが、シェイメイ皇帝の直属の特殊部隊の指揮を任されています」


「……なっ!」


「…………ッ!?」


「シェイメイ帝国では総督と言いますが、エヴァリルート王国でいえば騎士団長……もっとわかりやすくいえば裏組織の長とでもいいましょうか。皇帝陛下は僕の働きを大きく評価してくれているんですけどね」



会場の皆がその言葉に驚いている。

コレットも初めて聞く事実に驚きを隠せない。



「普段は表に姿を出さずに処理するのですが、今日はシェイメイ帝国の名代でこの場に来ています。その僕を殴り、妻を侮辱し、暗殺者を仕向けたということはどういうことかわかりますか?」


「……嘘っ、あなたはっ、そんなっ」


「そうですねぇ。まずは毒でじわじわと苦しめてやりましょうか。虫に体を這わせるか、磔にして生きたまま鳥に腐った肉を啄ませるのもいいかもしれませんね」


「ひっ……!」


「安心してください。シェイメイ帝国には様々な拷問方法がありますから死ぬまで退屈はさせませんよ」



そしてヴァンは再び剣を取ると剣先を王妃に向けて唇を歪めた。



「次はお前の番だ」



この台詞はヴァンが幼少期に母親を失った時に王妃に言われた言葉ではないだろうか。



「楽には死なせませんよ?」


「ひっ……いや、ぁッ」


「最後まで苦しんでもらいますから覚悟してくださいね」



王妃の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を見て更に首に剣先を食い込ませている。

譫言のように「やめて」と繰り返しているが誰も助ける者はいない。

国王すらも一歩も動けないままだ。


サラリと残酷なことを楽しそうに言うヴァンに周囲は言葉を失っている。



「ヴァン、殿……ひ、非礼を詫びよう」


「あなたの詫びなどいりませんよ?」


「な、に?」


「エヴァリルート王国は、今日限りで終わりですから」


「……ッ!」



国王の謝罪を一蹴するヴァンにエヴァリルート国王は血が滲むほどに唇を噛んでいる。



「エヴァリルート国王……あなたにはコチラを」



ヴァンはポケットから金の縁で縁取られた豪華な封筒を震える国王に渡す。

封筒の中から手紙を出して目を滑らせている国王の手は大きく震えていた。

紙はミチミチと音を立てて、怒りからか、はたまた恐怖からなのか目は血走っていく。


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