第75話

ヴァンの拳は怒りからか震えている。

コレットはどうするべきか迷ったが、ヴァンの手を掴んで優しく握った。

少しは気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと息を吐き出したヴァンは再び口を開く。



「……本当は国を焼き払い、潰してしまおうかとも思ったのですが、妻が故郷を消し去ることを望まなかった。僕と同じように家族から虐げられ続けたのに」



ヴァンの言葉に合わせてミリアクト伯爵と夫人の肩が跳ねる。

しかしリリアーヌは納得できないのか、空気を読むことなく叫び声をあげた。



「わたしは悪くないのっ!全部コレットお姉様のせいでしょう?こんなことをするなんてひどいわ!わたしたちがどうなってもいいと言うの!?」



ヴァンが剣の柄を強く握った。



「コレット、目を閉じて」


「…………はい」



コレットはそっと瞼を閉じた。

メイメイがコレットを庇うように肩を抱く。

ヴァンが一歩踏み出したのかコツリとブーツの音が聞こえた。



「お前さえ言うことを聞いていればうまくいったのにっ!わたしは幸せになれ──ッ!?」



重たい音と共に大きな悲鳴が響く。

しかし次第にその悲鳴は何かを切る重たい音と共に消えていった。

静まり返る会場でヴァンがウロたちに指示を出す声が聞こえた。


リリアーヌの言葉はすべて自分のためのものだった。

一番に可愛がられたい。コレットはリリアーヌにとって心地よい場所を作る道具でしかなかった。

だから壊れようがなくなろうがどうでもよかったが、コレットがいなくなり状況が変わったことで現状に不満を抱いても尚、コレットのせいにしているのだろう。

しかし、もう胸が痛むことはない。



「……さよなら」



コレットは決別するように小さな声で呟いた。

暫く経った後にバサリと何かが広がる音が耳に届く。



『もういいですよ』



ヴァンの声が聞こえたコレットは瞼を開く。

何かを隠されるように置かれた布には真っ赤な血が滲んでいた。

もうコレットを罵る声は聞こえなかった。

ヴァンは剣についた血を払い、腰にある鞘へと仕舞う。



『コレット、大丈夫ですか?』


『えぇ、大丈夫よ。ヴァンがそばにいてくれるもの』


『そうですか』


『ヴァンこそ大丈夫?』



シェイメイ帝国の言葉でヴァンに問われて、コレットは同じように返事を返す。

あれだけの人数を斬ったはずなのにヴァンは返り血すら浴びていない。



「我が妻、コレットを虐げてきた元家族のミリアクト伯爵家と妻の命を狙ったディオン・フェリベールにはこちらから処罰を与えさせていただきました」


「……ッ!」



有無を言わせないヴァンの言葉に国王は呆気に取られている中、声を上げたのはウィリアムだった。



「これはなんで……どういうしてディオンがっ、ディオンがこんな目に!」


「……ウィリアム!」



ウィリアムは布の隙間から見えるディオンの腕を見て唖然としている。



「お前を絶対にぶっ殺してやる……っ!」



王太子らしからぬ言葉にヴァンは淡々と言葉を返す。



「野盗を雇うための金をディオン・フェリベールに貸したのは君だろう?」


「──なにッ!?本当か、ウィリアム!?」



国王の問いにウィリアムはビクリと肩を揺らした後、しどろもどろにならながら答えた。



「で、でもディオンがこんなことに使うなんて知らなかったから……!」



国王がホッと息を吐き出したのも束の間、ヴァンによって真実が告げられる。



「いいや、知っていた。フェリベール公爵邸から出られないディオンに野盗を紹介したのも君だ」


「……!」


「こちらがわざと落とした餌に食らいついて……フフッ、僕の用意したゲームは楽しかったですか?」


「なん、だと……!?」


「君の手紙や金品の受け渡しの証拠なら揃っていますから、言い訳したところで無駄ですよ」



ディオンとウィリアムは仲がいい友人同士だ。

それによく一緒に街に降りていると聞くがいい噂は聞かない。

餌に食らいつくということはヴァンはウィリアムやディオンが何かをしてくるように仕向けたのだろうか。

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