第74話

そしてリリアーヌに向けていた剣を下ろして、国王たちに向けようとするヴァンの手首を掴む。

小さく肩を揺らしたヴァンの視線はゆっくりとコレットへ。



「……コ、レット?」


「ヴァン、わたくしがそばにいるわ」



紫色の瞳は左右に揺れ動いていた。

ヴァンの手のひらからはゆっくりと力が抜けていく。



「そう、ですね。僕にはコレットがいる。大切な人を今度こそ守るんだ」



自分に言い聞かせるように言ったヴァンの言葉にコレットは大きく頷いた。

誰も国王の問いに答えない中、ヴァンは丁寧にお辞儀をする。

いつの間にかヴァンの表情もいつも通りに戻っていた。



「シェイメイ帝国から参りました。ヴァンと申します」


「…………ッ!?」


「あなたが騒ぎの中心なの!?我が国の貴族と揉めてパーティーを中断させるなんてどういうつもり?説明してちょうだい」



エヴァリルート国王は意外なことに〝ヴァン〟が成長した〝シルヴァン〟だと気づいたようだ。

瞳は大きく揺れ動いて明らかに動揺しているのがわかる。

しかし王妃はヴァンに気づくことなく、騒ぎの中心がヴァンと決めつけて苛立ちをぶつけているではないか。

会場に響き渡る金切り声にエヴァリルート国王がやめろと言いたげに手を上げて制すがお構いなしだ。



「この件はシェイメイ皇帝陛下に抗議させていただきますからっ!」



王妃の金切り声にも怯むことなくヴァンは笑顔を浮かべた。



「えぇ、構いませんよ。皇帝陛下もエヴァリルート王国を手に入れるいい口実になるとお喜びになるでしょう」



ヴァンの言葉は衝撃的なものだった。

その意味を今までのやりとりを見ていた周囲の貴族たちは理解しているが、また違う意味で解釈しているエヴァリルート国王は首を小さく横に振る。



「どういう、ことだ……いや、どうして」



尻すぼみになっていくエヴァリルート国王の声にヴァンはにっこりと笑みを浮かべながら答えた。 



「あの時に処分できたと思いましたか?残念ながら僕は死んでいませんよ」


「……なっ!?」


「母を見殺しにし、何の罪もない侍女を殺して僕を処分しようとしたこと……忘れたとはいわせませんから」


「そ、れは……」


「それに加えて僕の妻、コレットをミリアクト伯爵家に侮辱され、ディオン・フェリベールに命まで狙われたのです。この責任はどう取っていただきましょうか」



国王の視線はミリアクト伯爵家へ流れていく。

ミリアクト伯爵は涙を流しながら必死に言い訳をしようとしているが、焦りからかうまく言葉が出てこないようだ。

フェリベール公爵は唇を噛んで黙ったままだ。

無様に足元に縋りつくディオンを完全に無視している。

そして王妃はヴァンの言葉に引っかかるものがあったのか怪訝そうに眉を顰めている。



「何を言っているの?あなたの母親なんて知らないわ」


「…………」



ヴァンは王妃の言葉に息を止めた。

なんとか怒りを堪えたのだろう。

唇を歪めてニコリと笑ってはいるが額には青筋が浮かぶ。



「……まだ思い出せないのですか?」


「だから知らないと言っているでしょう!?何度も言わせないで」


「僕の本当の名前はシルヴァン……シルヴァン・ル・エヴァリルートですよ」


「──ッ!?」


「思い出しましたか?」



ヴァンの言葉に会場に衝撃が走る。

王妃の目はこれでもかと見開かれていた。



「嘘……だって死んだはずよ。なんで……っ」



その声はハッキリとコレットの耳にも届いた。

ヴァンはその問いに答えるように歪んだ唇を開く。



「残念ながらこうして生きていますよ。恩人が僕を救い育て、母の生家が力を貸してくれた。そして今はシェイメイ帝国の繁栄のために働いています」


「……っ、嘘よ!ありえないわ」


「そして手に入れたんです。母を殺して僕を虐げ続けたエヴァリルート王国の王族を潰す力を……」

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