第72話
そしてヴァンは腰に携えていた剣を抜いた。
リリアーヌはヴァンに刃物を首元に突きつけられてガチガチと歯を鳴らしながら震えている。
刃先が食い込んでリリアーヌは「ヒッ……!」と引き攣った声を出した。
ミリアクト伯爵も唖然としていたが、コレットはヴァンを止めることはしない。
そっと瞼を伏せた。
「今日、僕はコレットに合わせてこの格好でいますが、シェイメイ皇帝の名代としてここにいるんですよ」
「嘘、よ……!そんなっ、こんなことはありえないわ!」
「残念ながら本当です。僕の大切な妻に向かってあなたたちはなんて言ったんでしょうか」
「ぁ……っ、あのっ、これは」
「この行いがどんな影響をもたらすのか、わからないわけないですよね?」
ミリアクト伯爵と夫人の顔が青ざめていく。
取り返しのつかないことをしてしまったと、さすがに理解したのだろう。
「僕は優しいコレットのために一度は我慢しました。それをすべて無駄にするなんて……終わりですね」
ヴァンの言葉に周囲にいる貴族たちも状況を把握したのか表情は固い。
そしてミリアクト伯爵たちを責め立てる声が四方八方から届く。
「どう責任をとるつもりですか?あなたたちの首が飛ぶだけで済みますかね?」
「……違っ、違うんです!これはっ」
ミリアクト伯爵は瞳を右往左往させて言い訳を模索している。
そんな中、いち早く動いたフェリベール公爵がミリアクト伯爵の前に立つ。
「ミリアクト伯爵、残念だよ」
「フェリベール公爵……!?」
「この婚約はなかったことにさせてもらう。書類は追って送る」
フェリベール公爵はヴァンとコレットに向けて丁寧に頭を下げて「この度は申し訳ございません」と言った。
自己紹介をした後に改めて謝罪と国王に話を通しておくと、ヴァンが口を挟む間もなく喋ってから何事もなかったようにディオンを連れて去ろうとした時だった。
「フェリベール公爵、あなたに聞いて欲しいことがあるんですよ」
「…………。なんでしょうか」
「今日ここに来る前に我々は野盗に襲われたんですよ」
「野盗、ですか。確かに我が国で起こったことならば謝罪をしなければなりませんね」
「野盗は全員捕らえました。少々手荒な方法を使わせていただき、雇い主を吐かせましたところ、全員が同じ名前を口にしました…………誰だと思いますか?」
「──ヒィッ!?」
「ま、まさか……!」
フェリベール公爵の視線はディオンへと向かう。
そしてディオンもわかりやすいほどに肩を跳ねさせた。
フェリベール公爵はヴァンが何が言いたいかわかったのだろう。
ギリギリとこちらに音が聞こえてくるほどに歯を噛み締めている。
「……ッ、余計なことをしおって!この大馬鹿者がっ」
ドコッという重たい音と共にディオンは顔面を殴られて床にうずくまる。
周りの夫人や令嬢たちから小さな悲鳴が漏れ出た。
フェリベール公爵の怒りは収まらないようで、ディオンの首元を掴んで持ち上げている。
「いい加減にしろ!家名に泥を塗り、迷惑ばかりかけてっ!どう償うつもりだッ、このっ!」
いつも冷酷で表情を見せないフェリベール公爵の怒号にエヴァリルート王国の貴族たちは驚いている。
ここが公の場だということも忘れるくらいだ。フェリベール公爵の怒りは相当なものだろう。
しかし再び腕を振りかぶったフェリベール公爵を片手で止めたヴァンはニッコリと笑みを浮かべながら問いかけるように言った。
「どう責任を取ってくださるのでしょうか。あなたの息子が愛おしい妻が乗った馬車に野盗を使い奇襲を掛けたんです」
「くっ……!」
「こ、これは……違う、俺じゃないっ!」
口篭るフェリベール公爵の代わりにディオンが震える声で叫ぶ。
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