第71話


ミリアクト伯爵夫人が慌ててリリアーヌの口を塞ぐ。


くぐもった声を上げて荒く息を吐き出しながら、こちらを睨みつけるリリアーヌに病弱だった面影はまるでない。

両親が二人ががりで押さえ込んでいるのに、力ずくでもがいて抜け出そうとしている。

自分よりも幸せそうなコレットを見て許せないのだろうか。


しかし今のコレットにとっては雑音でしかない。


周囲はリリアーヌの口の悪さに驚愕している。

いくらマナーを教えたとしても、根本的な部分と自分が一番であることが当たり前であるリリアーヌにとって、この状況は不服なのだろう。

ヴァンはディオンよりも背も高く端正な顔立ちをしている。

好みもあるだろうが大人としての余裕や色気がある。


そんなディオンは今では三人の後ろに隠れて爪を噛んで何かに怯えている。

以前、街で啖呵を切ってきたのが嘘のようだ。


(ディオン様の様子がおかしい。一体、何に怯えているのかしら……)


リリアーヌのようにコレットに対して興味を示すこともない。



「平民になったかと思いきや何を企んでいるの!?わたしたちに復讐しようとしても無駄なんだから!身の程を知りなさいっ」


「…………」


「あんたが幸せになれるはずないっ、わたしが一番なの。全部わたしのものなんだから!なんでわたしばかりがこんな目にあわなきゃいけないのよ……!」



リリアーヌの目の下の隈は深く明らかに苛立った表情を見てわかることは、コレットがいなくなってから甘やかされることはなく辛い日々を送っているということ。

両親もリリアーヌの本当の姿と現実を知ったのだ。

リリアーヌが着ているシンプルなドレスにもそれが顕著に現れているような気がした。


ミリアクト伯爵夫人に「離せっ、離してよ!」と言って手を振り払おうともがくリリアーヌは血走った目でこちらを睨みつけるが、ヴァンと目があったことでいつもの表情に戻る。


ヴァンがニッコリと笑ったことで何を勘違いしたのか、リリアーヌは上目遣いと可愛らしい表情でアピールしている。

リリアーヌはまたディオンの時のようにコレットからヴァンを奪うつもりなのだろうか。


(またリリアーヌに奪われてしまうの?……ううん、ありえないわ)


しかしコレットは焦ることなく冷静だった。

ヴァンに限ってリリアーヌを選ぶなんて絶対にありえないと、もうわかっているからだ。

背筋が凍るような冷笑を見て勘違いできるリリアーヌは幸せだ。


それからリリアーヌはヴァンに自分の元に来るようにと提案している。

コレットと結婚していると言っているにもかかわらず、自分の方が魅力があるとアピールしているリリアーヌにコレットはため息を吐いた。


(……何も変わってないのね)


会場はパーティーどころではなくなっていた。

少し離れた場所で様子を窺っていたフェリベール公爵もさすがに頭に手を当てて軽蔑する視線を送っている。


ヴァンはリリアーヌの前に向かうと目の前でピタリと足を止めた。

リリアーヌはヴァンが自分を選び、味方をしてくれると思ったのか頬を赤らめて嬉しそうにしている。



「最期に言い残すことはそれだけですか?」


「え……?どういうこと?」


「言ったはずですよ。二度はないと……」



ヴァンの言葉が理解できないのかミリアクト伯爵たちは戸惑っているようにも見える。

ヴァンはリリアーヌの前に足を進めた。

そして指で首の傷があったであろう場所を爪でスッとなぞる。

リリアーヌの体がビクッと跳ねた。



「君は王都で会った時もコレットを馬鹿にしていたけど一体、何様なの?」


「王都、でも……?」


「ここまで馬鹿だと、むしろ哀れだな」



リリアーヌはヴァンの言葉を理解したようだが、信じたくないのか首を横に振っている。

そしてヴァンが一歩後ろに下がり、どこかに合図するのと同時にメイメイとウロの顔が露わになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る