第70話
ミリアクト伯爵はヴァンの顔を知らないことと若い年齢から下位貴族だと決めつけているようだ。
ヴァンをシェイメイ帝国の人間だとは思っておらず、見下している。
それにヴァンはエヴァリルート王国とシェイメイ帝国の血が混じっている。
今の格好も相まってエヴァリルート王国の貴族だと思われるのかもしれない。
先ほどまで視線を逸らしていたコレットと目が合ったことで図星だと判断したのだろう。
コレットが結婚しているのにシェイメイ帝国の金持ちの男と関係を持ち、不貞行為をしていると信じきっているようだ。
もし事実ならばコレットに未来はない……事実ならば、だ。
「シェイメイ帝国の人間を誑かしておいて、まさか平然と結婚しているとはっ!」
「本当よ!よくも平気な顔でこの場に出れるわね。それで私たちに復讐しようと思ったのかしら」
そうだと決めつけたミリアクト伯爵と夫人は先ほどとは一転して自信満々に声を張り上げた。
「生きるために必死なのね!あんなに地味なフリをしていたのに、今はまるで悪女じゃないっ」
リリアーヌの言葉にジクジクと心の傷が痛む。
そもそもコレットを苦しめて、地味でいるように仕向けたのはリリアーヌ自身だ。
コレットからギリギリと奥歯が擦れる音がした。
コレットの表情の変化を見て三人の唇が大きく歪む。
「まぁ……なんてはしたないの!」
「ミリアクト伯爵家から出て行ってもらってよかったわ!こんな穢らわしいやつにうちは継がせられないものっ」
社交界に流れている噂を払拭しようと必死なのだろうが、今度はコレットだって黙ってはいられない。
周囲にも元ミリアクト伯爵家の令嬢、コレットだというこということがわかったのだろう。
ザワザワと騒ぎ出す周囲の貴族たち。
しかしヴァンの正体がわからずに黙って様子を窺っている。
コレットは三人を睨みつけた。
「わたくしはミリアクト伯爵家から自分から出ていきました。その選択をして心からよかったと思っています」
コレットの言葉に空気が張り詰めたのがわかった。
「それにわたくしは娼婦ではありません。愛する旦那様の前で言い掛かりをつけるのはやめてください」
コレットは娼婦ではないとはっきりと告げたのだが、ヴァンはコレットの言葉に目を輝かしながらこちらを見ている。
「コレット……今、なんと言ったのですか!?」
「……え?」
「今、僕のことを〝愛する旦那様〟って言いましたよね!?」
「え、えぇ……そうだけど」
食い気味に問いかけるヴァンにコレットは困惑しながらも頷いた。
「嬉しいです……!コレットは恥ずかしがってなかなか愛している、好きだと言ってくれないのに、こんな公の場で僕のことを愛する旦那様だと宣言してくれるなんて」
「ちょっと……!恥ずかしいから静かにして」
「いいえ。こんなに嬉しいことは他にありませんから!」
「今はそんな場合じゃ……」
ヴァンはうっとりとした表情で腰に腕を回してコレットの頬に手を当てている。
余程コレットの言葉が嬉しかったようだ。
ウロとメイメイはいつの間にかナイフを仕舞い、こちらに拍手を送っている。
周りの夫人たちもヴァンの優雅な仕草と嬉しそうな表情に釘付けになっている。
しかしリリアーヌが許さないとばかりに前に出る。
「ふざけないで……そんな言い方で騙そうとしても無駄よっ!だったら王都で買い物をしていた時に一緒にいた方と今、隣にいる男性が違うことはなんて説明するのよ!?」
「それは……」
「おかしいわよね!?ひとりだけいい男を取っ替え引っ替えするなんてずるいわ!」
「……!?」
「折角、ミリアクト伯爵家から追い出してやったのにっ!こんな風になるなんて聞いてないわ。わたしと交換してよ!ディオンなんて嫌っ……んぐっ」
「──リリアーヌッ!」
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