第69話

「こんなこと許されないわ!今すぐにやめさせなさい!そうじゃないと……」


「…………」



ミリアクト伯爵夫人が金切り声でそう叫んでもメイメイとウロは一歩も引く様子はない。

ヴァンも何も言うことなく、ミリアクト伯爵たちの姿を見て成り行きを見守っているようだ。

コレットもヴァンと同じように声を発することなく、横目で伯爵たちを見るだけにとどめた。


周囲の目も気にすることなく暴言を吐きかける伯爵たちに成長はまったく見えない。

リリアーヌもドレスが引きちぎれそうなほどに裾を握っている。


(この人たちにはわたくしを見下すことしか頭にないのかしら.……)


コレットはミリアクト伯爵たちが可哀想に見えて仕方ない。

コレットが何故ここにいることよりも、コレットに対する悪口や暴言を吐いて従わせることに必死になっている。

こちらが一言も話しておらず、一方通行の暴言で会話も成立していない。

もう十分だと言いたげにヴァンがコレットを庇うように前に出た。



「先ほどから騒がしいですが……僕の妻に何か用があるのでしょうか?」


「なっ……!?妻、だと!?」


「えぇ、彼女は僕の妻です。あなたたちと何かの関係が?」


「一体、どういうことなの!?」



コレットはヴァンの言葉を受けてミリアクト伯爵たちに軽く会釈をする。

ヴァンも知らないフリをして伯爵たちを煽っているのだろうか。


そんなミリアクト伯爵たちを見てクスクスと馬鹿にするように嘲笑う声が聞こえて、ミリアクト伯爵と夫人は顔を真っ赤にしている。

リリアーヌは爪を噛んで、またドレスへの不満を漏らしている。

ディオンは外を見ながら「どうする?どうすればいい」と何かを呟いていて蚊帳の外だ。

他人のふりをしているコレットのことが気に入らないのか、怒りを露わにしたミリアクト伯爵が口を開く。



「コイツとの関係は……っ、関係は」



ミリアクト伯爵は口篭ってしまう。

自分からコレットのことを家族だったと言うのは嫌なのだろう。

シンと静まり返る会場ですっかり口をつぐんでしまった伯爵たちとは違い、リリアーヌはなんとかコレットを攻撃しようと言葉を絞り出している。


この会場で傷つけられることはないと思っているのか、ナイフを気にすることなくコレットを指差しつつも無理矢理口角を上げたリリアーヌは叫ぶ。



「娼婦の分際でまた新しい男を捕まえたの!?あなたにこんな才能があったなんて驚きだわ……!」


「……」



リリアーヌは隣にいるのが、王都で会ったヴァンだと気づいていないようだ。

今ヴァンはエヴァリルート王国の言葉で話し、貴族の格好をしているが、髪色や瞳の色、アクセサリーなどで同じ人物だとわかるだろうに。


(なんて愚かなの……)


それに相手の立場を確認しもしないどころか自己紹介もせずに妻を罵るなど自殺行為だろう。

リリアーヌと同じでミリアクト伯爵たちも怒りでマナーを忘れてしまったのだろうか。


ミリアクト伯爵や夫人もリリアーヌの言葉にハッとするようにニヤリと唇を歪めた。



「王都をいる時はシェイメイ帝国の男と歩いていたそうじゃないか!」


「代わる代わる男を連れ歩くなんて、なんてはしたないのかしら!」



リリアーヌはヴァンに告げ口をしているつもりなのか、コレットが不貞行為をしていると繰り返す。

しかしヴァンはニコリと上部だけの笑みを浮かべただけで何も言葉を返すことはない。

ヴァンの笑みを見てリリアーヌとミリアクト伯爵夫人の頬がほんのりと色づいた。


リリアーヌの口から王都でシェイメイ帝国の人といたことは伝わっているようだ。

メイメイとウロも今日は黒い布で顔を隠しており、目元しか見えていない。

ナイフを向けられているのが同一人物だとは気づかないのだろう。


ヴァンとメイメイとウロの顔を知っているのはリリアーヌとディオンだけ。

リリアーヌとディオンが気づかなければ、伯爵たちは気づくはずもない。

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