第65話
それは将来、コレットが婿を取りミリアクト伯爵家を継がなければならないからだ。
コレットも仕事を淡々とこなしていたが、今思えば両親は楽をしたかっただけではないかと思えてくる。
両親の代わりに関わることが多かったミリアクト伯爵領の領民たちは領地をよくしようと動くコレットをサポートしてくれた。
ミリアクト伯爵邸の外に出るとコレットは心が安らいだ。
それにコレットが領民と話していてもリリアーヌが嫉妬してくることはなかった。
リリアーヌの嫉妬の対象はあくまでも社交界で令嬢や令息と関わることなのだろう。
「わたくしはこの国が好きとまではいかないけれど、領民や友人が幸せに暮らしてくれたらいいと思うわ」
「…………そうですか」
「それに、この国でヴァンと出会えたんだもの」
コレットの言葉にヴァンはわずかに目を見開いた後に、優しい笑みを浮かべていた。
結局、この質問がどういう意味を持っていたのかはコレットには正解がわからないが、これ以上何かを問われることはなかった。
コレットはパーティーまでの間、屋敷の中で本を読んだり勉学に励んでいた。
ヴァンのためにやるべきことはたくさんある。
シェイメイ帝国のことを学ぶには時間はいくらあっても足りないくらいだ。
(シェイメイ帝国でのヴァンはどんな感じなのかしら……)
コレットの心配を他所に、ヴァンはミリアクト伯爵家やフェリベール公爵から何か言われたり、追い詰められたりしている様子はないようだ。
そしてついに建国記念パーティーの日を迎えたコレットは鏡の前で自分の変貌ぶりに驚いていた。
いつも侍女から邪険にされていたコレットは、自分でできることはすべて自分でしていた。
リリアーヌよりも地味な格好を心がけていたコレットだったが、今はオレンジ色の明るいドレスを身につけてオリーブ色の髪も緩く巻いて金色の髪飾りをつけている。
鏡に映る姿が別人のようだ。
コレットは久しぶりに心が躍るような気がした。
(恥ずかしいわ……この年でおしゃれができたことにこんな風に喜ぶなんて。でも、とても嬉しい)
コレットは煌びやかな格好がしたくなかったわけではない。
今となってはどうして自分があんなに人たちのために気を遣って我慢していたのかがわからない。
ずっと見えない鎖に繋がれていたコレットだったが、自分からミリアクト伯爵邸を出て、除籍されたと知ってやっと解放されたと感じる。
今はとてもスッキリとした気分だった。
そしてヴァンと共に暮らすようになり、心が穏やかでいられる。
こんな風に幸せになれたのもすべてヴァンに救われたからだ。
コレットは感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。
扉をノックする音と「僕だよ」という声が聞こえた。
コレットが返事をするとメイメイが扉を確認してからゆっくりと開く。
ヴァンがいつものシェイメイ帝国の民族衣装ではなく、コレットのドレスに合わせるようにジュストコールを着ている。
スラリと伸びた長い手足、髪は顔がよく見えるように前髪を上げていて、いつもとはイメージが違っていた。
上品な装いはエヴァリルート王国の貴族に見える。
(ヴァンはエヴァリルート王国の王族の血を引いている第一王子で、本来ならば国王になる予定だった。シルヴァン殿下と呼ばれていたかもしれないのね)
シェイメイ帝国で〝シルヴァン〟という名前を捨てて〝ヴァン〟として生きている。
今日はどんな思いでパーティーに参加するのか考えるだけで胸が痛んだ。
ヴァンのブーツの音がこちらに近づいてくる。
ゴツゴツとした手のひらが頬に触れてコレットは顔を上げた。
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