第60話 リリアーヌside12


元伯爵令嬢だったコレットが男に媚びて体を売りながら生きる生活をしていると思うと、先ほどまでの嫌な気分がなくなり胸がスッとした。

しかしミリアクト伯爵家にいた時よりもずっとずっと美しいコレットの姿にリリアーヌは焦りを感じていた。


コレットが自分より輝いていることが許せない。

だからリリアーヌより下にいるように落としてやったのに……。


今までリリアーヌがコレットがいないことで与えらた屈辱や鬱憤を晴らすように文句を吐きかける。


しかし喉にある違和感と痛みで言葉が止まる。

刃物を突きつけられていると気づいたのはすぐのこと。

悲鳴をあげようとしても、声が出ないように力を込められてしまう。

リリアーヌは死の恐怖に震えることしかできなかった。


隣にいるディオンも同じような状況だったようだ。

しかしコレットの隣にいる男性が何かを言った瞬間、手が離れる。


それはリリアーヌの知らない言葉だった。

コレットも当然のようにその言葉を話して会話しているではないか。

しかしディオンはシェイメイ帝国の言葉なのかと問いかけるように呟いた。


(シェイメイ帝国……?何よそれ)


聞いたことのない国の名前に首を傾げる前に、首から血が出ていることに気づいて怒りが吹き上げるようにしてリリアーヌの感情を押し上げる。


周りのことなんて気にならなかった。

ただ許せないという気持ちを吐き出したいと思っていた。


青年とコレットはまた一言二言、言葉を交わすと、青年はリリアーヌの前に来る。

見たことのない異国の服に端正な顔立ち。

ホワイトアッシュの絹のような髪と紫色の瞳は美しくて魅入られてしまう。

耳には見たことのない銀色の耳飾りが揺れている。

何を言っているかはわからないがリリアーヌに言葉を掛けてくれている。


(ああ、コレットお姉様よりもわたしの方がいいと思っているのね……当然よ!みんなわたしを選ぶんだもの)


悪い婚約者から救い出してくれる王子様……リリアーヌにはそう見えた。


しかし男性は片手でリリアーヌの口元を握るとそのまま持ち上げてしまう。

全部の体重が顔にかかり、息苦しさに身悶えていた。


何かを言っているようだかは恐怖と痛みで何も聞こえない。

リリアーヌが呼吸ができずに意識が飛ぶ寸前だった。



「──ヴァン、やめてっ!」



コレットの声と共に男性の手が離れた。

咳き込むリリアーヌを無視して、男性はコレットの元へ。



「汚い手ではコレットには触れられませんから」



〝汚いもの〟それはリリアーヌに触れた手を指しているのだとわかった瞬間、腹が立って仕方なかった。

こんな屈辱は生まれて初めてだった。


(わたしがこんな目にあうのも全部ぜんぶコレットお姉様のせいよ……っ!)


コレットの後ろ姿が涙で滲んでいく。



「わたしにっ、こんなことをして許されないんだから!」



リリアーヌが悔しくて泣いていると、どうやらディオンもコレットに興味を持ち、近づこうとするもののあっさりと追い払われてしまう。


先ほどリリアーヌとディオンに刃物を向けていた男女の従者二人が人集りを解散するように宥めていく。


そして地面に座り込むリリアーヌと尻もちをつくディオンの前でシェイメイ帝国の言葉で何かを話し始めた。

こちらを睨みつけたかと思えば指を差したり、馬鹿にしたように笑い肩をすくめる始末だ。

リリアーヌは怒りから震えていた。

手のひらを握り込んで二人に向かって叫ぶ。



「──ふざけんじゃないわよ!わたくしはミリアクト伯爵家の令嬢なんだからっ、こんなことしてただじゃおかないんだからね!」


「俺だってフェリベール公爵家の人間だ。こんなことされて黙っていられるかよ!お前たちを絶対に追い詰めてやるからなっ」



ディオンも怒りの感情をぶつけるように叫んでいる。

しかしここで家名を言ったことを後悔することも知らずに暴言を吐きかけていた。

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