第59話 リリアーヌside11


病が治ってしまえば他の令嬢のように振る舞わなければならないことも本当は理解していたから逃げ続けていたのだ。

それが面倒だから何年も何年も誤魔化し続けたことが今になってリリアーヌに重くのしかかる。


(今まではすべて……すべてわたしの思い通りだったのに!どうしてこうなってしまうの!?コレットお姉様がわたしを支え続けてくれたらディオンもお父様もお母様もこうはならなかったのよっ!)


コレットを連れ戻したくても、両親は絶対にノーと言うだろう。

己のプライドがあり誰も「自分たちが悪かったから戻ってきて」なんて絶対にコレットに頼むことはできはしない。

その前にもう生きてはいないだろう。

運良く生きながらえても娼婦か教会に身を寄せるかだ。


あまりにもリリアーヌが部屋から出てこないので、機嫌を窺うように母と父にお金を渡されて、好きなドレスを選んでくるように言われた。


建国記念パーティーでは両親がリリアーヌをサポートしてくれるそうだ。

ディオンも両親の前では以前のようにリリアーヌを置いていけないだろうと参加することになった。


それにドレスを自分で選ぶことも街に買い物に行くことも初めてだったので、リリアーヌはワクワクしていた。

両親はまだ完全にディオンの正体に気づいていない。

二人の前だけでは別人だからだ。


「ディオンに色々と教わってきなさい」と言われて、リリアーヌは嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

何故両親に一緒に来てくれないのかと問うと「婚約者がいるじゃないか」と取り合ってもらえない。



「お父様とお母様と一緒がいいの!ねぇ、いいでしょう?」



いつものように甘えた声を出す。

リリアーヌがそう言えば両親は絶対に従ってくれる。

これ以上、ディオンに好き勝手されては堪らない。

しかし返ってきたのは予想外すぎる反応だった。


「甘えるな」「わがままを言わないで」


両親に返された時には驚きすぎて言葉が出なかった。

以前は「リリアーヌは本当に可愛らしいな」「もちろんよ」と言ってくれていたのに……。


リリアーヌは暫くその場から動けなかった。


約束の日、ディオンは笑顔を浮かべて立っていた。

大好きだったその笑顔も今は恐怖すら感じる。

それなのに両親は聞いた話とディオンが違うからと安心したようにホッと息を吐き出している。


ディオンは両親の前でだけ、いい婚約者のふりを続けている。

リリアーヌがそんなディオンが大っ嫌いだった。


馬車の中でディオンの態度は豹変した。

嫌なことばかり言ってくるし、楽しそうにリリアーヌを馬鹿にしてくる。

しかも町についた途端、リリアーヌのドレスを買うためのお金を奪い取ったのだ。


どうやらフェリベール公爵から遊ぶお金がもらえずに困っていたらしい。

反論するリリアーヌに「どうせパーティーでも逃げ帰るだけだろ?無駄だよ」と言ってくる。

適当に誤魔化せと言われても、こんな意地悪をされるのは初めててリリアーヌはどうすればいいかわからずに必死に抵抗していた。


そんな時、ディオンが足を止める。

向けられた視線の先には見覚えのある人物がいた。

リリアーヌは幻か何かだと思い、何度も瞬きを繰り返す。


(コレット、お姉様……!?嘘でしょう!?死んだんじゃないの?)


コレットもリリアーヌに気づいたのか、目を見開いたまま足を止めているではないか。

先ほどまでの最悪な気分は一瞬で吹き飛んでしまう。

隣には明らかに金持ちそうな男がいる。それに後ろには従者が控えていた。


リリアーヌはコレットがどう生き延びたのかがわかってしまい唇を歪めた。



「野垂れ死んだかと思ってたけど、コレットお姉様は娼婦になったのねぇ!」



リリアーヌがそう言っても何も反論しようとしない。

ディオンも興味深そうにコレットを観察した後に鼻で笑う。



「娼婦になって上客を掴んだようだけど、所詮は娼婦……ふふっ、惨めよねぇ」


「……まさかこうなるとはな。落ちぶれたな、コレット」



もう〝コレットお姉様〟なんて呼ぶ必要はないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る