第51話
心配をかけたくなくてコレットは首を横に振る。
しかしヴァンにその意図は伝わらなかったようだ。
「やっぱり二人を消しましょう。そうすればコレットは二度と悲しむことはありませんから。コレットを追い詰めた挙句、のうのうと生きていることが許せませんから」
「やめて、ヴァン!」
「コレットを娼婦扱いしている奴らのことなんて、どうして庇うんです?」
「……っ」
「今すぐに壊してしまえばいい」
ヴァンの雰囲気に背筋がゾクリとするものを感じた。
先ほど言葉は冗談ではなく、本気だったのだとわかったからだ。
「で、でもヴァンがそんなことをする必要はないわ!」
「どうしてです?コレットを馬鹿にされるのは耐えられない」
ギリギリとヴァンの歯が擦れる音が聞こえた。
コレットがヴァンのために怒ってくれている。
それだけでコレットは報われるのだ。
「……ヴァンが手を汚す必要なんてないわ」
「コレットは優しすぎる」
コレットは首を小さく横に振った。
「そんなことをしなくても、わたくしはヴァンと一緒に過ごせて幸せなんだもの」
「……!」
「ヴァンがわたくしと一緒にいてくれる。それだけで十分だから」
コレットがそう言うと、ヴァンは小さく息を吐き出した。
やっと気持ちが落ち着いたのか、コレットを包み込むように抱きしめる。
「コレットがそう言うのなら僕は従います。今は、ね」
「……ありがとう、ヴァン」
「その代わり二度目は我慢しませんよ?」
「えぇ、わかったわ」
ウロとメイメイが戻ってくるまで、ヴァンと温かい時間を過ごしていた。
リリアーヌやディオンに言われたことも気にならないくらいコレットは満たされていく。
暫くすると馬車の外側から「問題なく対処いたしました」というメイメイとウロの言葉を聞いてコレットはホッと息を吐き出した。
しかしコレットはあの二人が、特にリリアーヌが何かしてくるのではないかと思うと不安だった。
『絶対に許さない!今度こそお前を……っ』
リリアーヌやディオンがヴァンやメイメイやウロに危害を加えようとした時にコレットは何ができるのだろうか。
ここはシェイメイ帝国ではなく、エヴァリルート王国なのだ。
(もしミリアクト伯爵家とフェリベール公爵を敵に回してしまったら?)
今のコレットにはヴァンを守ることはできない。
そのことが悔しくてたまらなかった。
だが気になるのはヴァンのシェイメイ帝国の代表としてここに来ているという言葉だった。
従者の数や身振りの仕方、着ているものからして高貴な立場にいることは間違いないのだが、ヴァンが不利になってしまったらと思うと居ても立っても居られない。
(エヴァリルート王国でヴァンが問題を起こして、シェイメイ皇帝からヴァンが責められたりしたら……)
リリアーヌとディオンがこの後どう動くのか……コレットには手に取るようにわかる。
心配になったコレットだったが考えている間に、ヴァンはウロとメイメイに小さく耳打ちをしている。
その内容が何なのかはコレットにはわからなかったが、ウロは先に屋敷に戻ると行って去って行ってしまう。
「ウロは何故、先に屋敷に帰ったの?」
「頼みたいことがあるんですよ。それよりもまだドレスに合わせる髪飾りやアクセサリーも買っていませんね。早く回らないと日が暮れてしまいます」
「ヴァン、わたくしは……」
「さぁ、馬車を出してください。今日を楽しい日にしましょう」
コレットが心配していることがわかったのか、ヴァンはいつものように微笑んだ。
ヴァンは少しだけコレットに過去を話してくれたが、聞きたいことがまだまだたくさんある。
(まだ言うタイミングではないのね……)
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