第50話
「……コレットッ!」
叫ぶようにコレットを呼び止めたのは、先ほどまで何も言わずに黙っていたディオンだ。
コレットは足を止めると少しだけ首を捻り振り返る。
ディオンは次第にこちらに近づいてくる。
コレットに触れて欲しくないといいたげにヴァンが体を寄せるが、ディオンには見えていないようだ。
「おいっ!コレット、どういうことだ……!」
「……っ」
「ミリアクト伯爵にどう説明しろっていうんだよ!どこの娼館に勤めっ……」
ディオンはコレットに「どこの娼館に勤めているのか」と問いかけようとしたのだろう。
しかしディオンの言葉が最後まで出る前に、ヴァンはコレットにも見えない速さで剣を抜くとディオンに向けた。
先ほどのリリアーヌと同じように、首に食い込む剣先にディオンは恐怖に震えて動けないでいる。
「お前が元婚約者か?コレットの名前を軽々しく呼ぶな」
「……ぁ、ッ」
「これ以上、口を開けばその首を斬り落とすぞ?」
ヴァンがそう言っているにもかかわらず、ディオンは気が動転しているのか「ど、どこの娼館に勤めているのか気になっただけで……」と呟いてヘラヘラと笑いながら誤魔化そうとしている。
しかしヴァンはその言葉に怒りを露わにしているのか剣を持つ手に力が篭る。
「娼館だと……?コレットは僕の大切な女性だ。その目障りな女と共に今すぐに僕の前から消えてくれ」
「……は、っ」
歯がカチカチと擦る音が聞こえた。
ディオンはヴァンに睨まれてすぐに唇を閉じたまま何度も小さく頷いている。
コレットは慌ててヴァンの袖を引いた。
これ以上、騒ぎを大きくしたくないと思ったからだ。
「ヴァン……!」
「…………。コレットがそう望むなら」
ヴァンはコレットの意思を優先するように剣を下ろすと、呆然としながら震えているディオンに背を向ける。
そしてウロとメイメイに指示を出すために口を開く。
『ウロ、メイメイ、あとは任せた。僕はコレットと先に馬車に戻る』
『かしこまりました』
『お任せください』
ヴァンに腕を引かれコレットは足を進めた。
二人がメイメイとウロに何をされてしまうのか気になったコレットがチラチラと背後に視線を送っていることがわかったのか、ヴァンは安心させるように「手荒なことはしませんよ。場を収めるだけです」と言った。
コレットはその言葉にホッと胸を撫で下ろす。
(さっきはメイメイもウロもヴァンもまるで別人のようだった……どちらが本当の姿なのかわからなくなるわ)
コレットの目の前にいるヴァンは優しくていつも笑っているけれど、リリアーヌやディオンに接するヴァンは震え上がってしまうほどに恐ろしいと感じた。
けれど今まで一人で生きてきたコレットにとって、ヴァンがそばで守ってくれたことが嬉しかった。
(ヴァンがわたくしの味方をしてくれた。それだけで幸せだわ)
コレットに触れている手は大きくて頼もしくて、とても温かいと感じる。
ヴァンと共に馬車に乗り込んでから隣でコレットの固く握っていた手を解くようにして握ってくれた。
冷たくなった肌が次第に温もりを取り戻していく。
(ヴァンがいてくれて、本当によかった)
もし一人でいる時にリリアーヌやディオンと対峙したら、きっと黙って時が過ぎるのを待つことしかできなかったかもしれない。
今までミリアクト伯爵家にいた時と同じように……。
コレットはヴァンがそばに寄り添ってくれる安心感からか、じんわりと涙が溢れてきてしまう。
馬車に乗り、小さく震えているコレットの様子に気がついたのかヴァンが慌てている。
「コレット、どうかしましたか?」
「……っなんでも、ないわ」
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