第45話

涙は流れていなかったが悲しみはこちらに伝わってくる。

ヴァンの口調が元に戻ったのと同時に彼の本心が垣間見えたような気がした。


(もうわたくしは悩まないわ。ヴァンのそばにいたいもの)


彼が望んでくれるのならコレットはそばにいよう。

暫くはヴァンと抱き合っていた。今度は引き離されることはない。

ただ互いの体温を感じたまま目を閉じていた。



「コレット、愛してる。出会った時からずっと僕はコレットが大好きだった」



ヴァンの力強い言葉がコレットの耳に届く。

コレットは恥ずかしい気持ちを抑えながら、ヴァンの大きな手を掴む。

コレットもやっと覚悟を決めることができたような気がした。

ヴァンへの気持ちが確かなものになっていく。

そして自身の頬に寄せてから「わたくしもヴァンを愛しているわ」と言った。



「ずっと前からヴァンが大好きだったの」


「ありがとう……コレット」



二人の気持ちが本当の意味で結ばれたような気がした。

それはヴァンにも伝わったのだろう。

ヴァンは今までにないほどに柔らかい笑みを浮かべてコレットを引き寄せて唇に触れるようなキスをする。

コレットが頬を真っ赤に染めているとヴァンは愛おしそうにこちらを見つめている。



「…………困ったな」


「……?」


「僕は一生、コレットと離れられそうにない」


「ふふっ、そうだと嬉しいわ」



ヴァンは余程嬉しいのだろう。

馬車から顔を出して、後ろの馬車に乗っているメイメイやウロに手を振りながら叫んでいる。



「メイメイ、ウロッ!すぐに皇帝陛下に早馬を出してくれっ!挨拶に回らなければならないし、すぐに結婚できないのは残念だが、まさか僕とコレットの気持ちが通ずる日がくるなんて……まるで夢を見ているようだ」


「ヴァン、大げさよ!それにそんな大声で恥ずかしいわ」


「僕はとても嬉しいんです!早く亡き父にも……ゼゼルド侯爵にも報告したい」



コレットが「ヴァン、危ないわ」と言って服の裾を引いてもお構いなしである。

まるで子供のようにはしゃいでいるヴァンを見ながらコレットは微笑んでいた。

コレット以外はヴァンの初めて見る姿に口をあんぐりと開けて愕然としているとも知らずに、ヴァンの心からの笑顔を見られたことを喜んでいた。


それにヴァンがコレットに自分の話してくれたことが嬉しいと思う。

幼い頃のヴァンを知っているから尚更、そう思うのかもしれない。


そんな時、馬車がゆっくりと止まる。



「ああ、王都に着きましたか」


「王都に?」


「行きましょう、コレット……手を」



ヴァンはコレットの手を優しく握った。

そんな時、外がザワザワと騒がしいことに気づく。

シェイメイ帝国の馬車は珍しいのだろう。

野次馬がたくさん集まっているのを見て、コレットは身が引き締まる思いがした。



「エヴァリルート王国の建国記念パーティーに、僕はシェイメイ帝国の代表として出席することになっているんですよ」


「……ヴァンが皇帝陛下の代わりに!?」


「えぇ、そうです。忙しい皇帝陛下の代わりに、ね」



ヴァンはそう言って唇をニタリと歪めた。

そこでヴァンは復讐をしようと考えていたということだろうか。


(皇帝陛下の名代を任されるなんて……ヴァンは一体)


きっとまだまだコレットには話していないことがたくさんあるのではないかと、そう思った。



「それとミリアクト伯爵家も恐らくパーティーに出席するでしょう。その時にコレットの幸せいっぱいの姿を見せつけたいんです」


「……え?」


「コレットがもう手が届かない雲の上の存在なのだと馬鹿な奴らに知ってもらわなければなりません」


「……!」


「もしそこで愚かなことをするようなら……奴らをその場で処分しましょう。そうすれば二度とコレットを苦しませることはない」



低い声でそう呟いたヴァンが何をしようとしているのかコレットにはよくわからないが、ヴァンはコレットのために伯爵家に何かするつもりなのだろうか。

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