第44話
「……ヴァン」
「それもすべてコレットのおかげで思い出すことができた。でなければ何もかもをめちゃくちゃにしていたでしょう」
コレットは一通りヴァンの話を聞いて自分の無力さに悔しくて堪らなくなった。
ヴァンが苦しんでいたとも知らずに、コレットはいつも自分の話ばかりしていた。
家族関係に悩み、ヴァンに相談ばかりしていた。
ヴァンはコレットの話をいつも真剣に聞いてくれた。
自分だって辛かっただろうに、コレットを励まし続けてくれたのだ。
ヴァンの苦しみを考えると胸が痛い。
「僕はもうコレットの知っている僕ではありません。近くにいる資格はないかもしれない。けれどコレットのそばにいて、こうして触れていたいと思うんです…………軽蔑しましたか?」
コレットはその言葉を否定するように大きく首を横に振った。
「軽蔑なんて……わたくしの方こそヴァンに謝らなければいけないわ。あの時は自分のことばかりであなたのことをもっと気遣えて話を聞けていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「…………」
「ヴァンの事情を知らないまま自分のことで頭がいっぱいで……自分が恥ずかしいわ」
「あの時、コレットがいてくれたから、こんな僕を好きだと言ってくれたから生きようと思えたんです」
ヴァンはコレットの手を取ると祈るように目を閉じた。
「ヴァン……?」
「あの時、コレットと出会うことができて本当によかったと心からそう思うんです」
コレットはヴァンの固く握られた手を握り返すと、手が微かに震えているような気がした。
コレットは思わずヴァンを抱きしめた。ヴァンもコレットを包み込む様に抱きしめ返す。
「コレットがいなくなってしまうこと……それが今の僕にとって一番怖いんです。自分がこんなに弱かったなんて、びっくりします」
コレットが顔を上げると彼の紫色の瞳が揺れ動いている。
瞼を伏せて俯いたヴァンをコレットはただ抱きしめることしかできなかった。
いつもパーティーの別れ際に、いつも寂しそうな目をしていたことを思い出す。
「……わたくしはこれからもヴァンのそばにいたいと思っているわ」
こうして一緒に過ごして思うことは、あの時からヴァンへの気持ちは何一つ変わらないということだ。
ヴァンへの恋心に蓋をして、今まで自分の気持ちを押し殺してきたけれど、ヴァンの優しさに凍った心は溶かされるのと同時に心が惹かれていく。
(でも、こんなわたくしがヴァンに釣り合うのかしら)
コレットはヴァンの話を聞いて心配なことがあった。
シェイメイ帝国で地位を積み上げたヴァンと、貴族の令嬢でもないコレットが共にいていいのだろうか。
そう考えると不安になってしまうが、それでもヴァンはコレットを必要としてくれている。
(いつまでも弱気なことを言っていてはダメよ。これからはヴァンに釣り合うように、もっと努力しないと……)
この話はヴァンが歩んできた人生のほんの一部分なのだろう。
ヴァンは今までとても苦しんできたことだけはわかる。
その苦しみを少しでも減らしてあげたい。そう思えて仕方なかった。
コレットはヴァンの顔を両手で挟み込むようにして掴む。
目を見開いているヴァンを見つめながら、コレットは震える唇を開いた。
「わたくしはヴァンが今までの分も幸せになってくれないと嫌よ」
「……コレット?」
「わたくしでよければ、ずっとそばにいるから。あなたのそばに……っ」
コレットは言葉の途中で唇を噛みながら泣くのを堪えていた。
ヴァンの境遇や気持ちを考えると胸が痛い。
涙がハラハラと頬を伝っていく。
「どうしてコレットは泣いているのですか?」
「ヴァンの、代わりにっ、泣いてるだけよ……」
「……コレットは相変わらずだな」
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