第42話
「それから僕の恩人はゼゼルド侯爵……彼なんです」
「ゼゼルド侯爵って……彼は任務中に忽然と姿を消したんじゃなかったかしら」
しかしヴァンはコレットの言葉を否定するようにゆっくりと首を横に振る。
コレットはゼゼルド侯爵についての話を聞いたことがあった。
国王の腹心でもあるゼゼルド侯爵が消えたことは社交界の話題で子供だったコレットも知っていた。
しかし八年ほど前になるだろうか。
長年、国王の側近として働いており独り身だった彼は莫大な資産を残して姿を消したそうだ。
屋敷は売り出されるものの、呪われているなどと噂が経ち、誰も買い取るものはいなかった。
ゼゼルド侯爵が管理されていた土地は分けられて、その土地の一部はミリアクト伯爵が引き取って領地を広げた。
もしヴァンの言うように、ゼゼルド侯爵領の屋敷であるならばミリアクト伯爵家からもそう遠くない場所にコレットはいたことになる。
ヴァンはゼゼルド侯爵を〝恩人〟と言った。
そしてエヴァリルート王国を地獄と表現したことにも意味があるのだろう。
するとヴァンは外の景色に視線を流しつつ、重たい唇を開いて真実を語ってくれた。
ゼゼルド侯爵は当時、エヴァリルート国王の最も信頼されていた騎士だった。
そしてエヴァリルート国王から、『シルヴァン』の処分……つまり暗殺を命じられたそうだ。
「第二王子のウィリアムが生まれて成長した。母も死に僕は完全に不要になったのでしょう。彼はゼゼルド侯爵に僕を殺すように依頼したんです」
「っ、なんてひどいことを……!」
「……はい。それを知った時、僕は絶望しました。生きる気力を失い、ゼゼルド侯爵に殺されるのをただ待っていた」
「…………」
「だけどゼゼルド侯爵が僕を殺すことはなかった。今まで見て見ぬフリをしていたが限界だと、何もかもを捨て去り、異国の地で僕を懸命に育ててくれました。亡くなるその日まで僕に力を与え続けてくれたんです」
そう言って瞼を伏せたヴァンにかける言葉は見つからなかった。
それから今までのことをヴァンは話してくれた。
今までどんな気持ちでコレットに会い、どうやって生きてきたのか。
ヴァンの城での生活があまりにも悲惨で、コレットは話を聞いている最中、涙が止まらなかった。
ヴァンの母親はエヴァリルート王国に嫁いできたあとも相当、酷い目に遭っていたことがわかっている。
シルヴァンが物心つく頃には、王妃がこちらを見る視線には明らかな殺意や憎しみが込められていることに気づいていた。
ヴァンの母は病で亡くなったと言われたが、嫉妬した王妃に毒を盛られてじわじわと嬲り殺されたことを母の侍女から聞かされたのだという。
シルヴァンに宛てられた血が飛び散った手紙にも、もし自分になにかあった時の犯人は王妃だと書かれていた。
それからシルヴァンを『愛している』とも。
母が亡くなってからシルヴァンは共に死んだものとして扱われるようになる。
暫くは母の侍女が守ってくれたが、ウィリアムとの扱いの差に侍女はシルヴァンを連れてシェイメイ帝国に逃れようとした。
しかし失敗してしまい、王妃によって誘拐犯に仕立てられた侍女はシルヴァンの目の前で無惨にも斬り殺されてしまう。
『あとはお前だけだ』
王妃から聞こえたその言葉は今もヴァンの耳に残っているそうだ。
そしてシルヴァンは城に連れ戻されるが、味方が一人もいなくなり第一王子としての立場はなかった。
あの時に侍女と斬り殺してくれたらよかったのにと、そう思うほどに。
国王はそんな状況を黙認していたそうだ。
シルヴァンに声を掛けたこともなく、もちろん庇ってくれることも守ってくれることもなかった。
ウィリアムが成長すると王妃の興味が逸れて、執拗な嫌がらせは受けなくなったものの、シルヴァンは絶望の中を生きながらえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます