第40話
* * *
コレットがミリアクト伯爵邸を出て、もうすぐ一カ月になろうとしている。
当初の予定とは違い、野垂れ死ぬことも娼館で働くこともない。
むしろミリアクト伯爵邸で生活しているよりも心安らぐ時間を過ごしているといえるだろう。
コレットはヴァンから身に余るほどの贅沢をさせてもらっている。
やっぱり働いて返そうとするものの、いつもヴァンにダメだと怒られてしまう。
(わたくしもヴァンのために何かできたらいいのに……)
コレットは少しでもヴァンの役に立ちたいと、屋敷の管理を手伝っていたがほとんど来客もない。
ヴァンはこの屋敷はコレットの好きにしていいと言ってくれたのだが絶対に屋敷から出てはいけない条件付きだった。
理由を聞いても「コレットを怖がらせたくないから」の一点張りである。
屋敷が広いので特に問題はないが、コレットはそのことを不思議に思っていた。
(何か、理由があるのかしら……)
そう思いつつも居候の身でヴァンの事情に深入りできない。
暇を持て余していたコレットはメイメイにシェイメイ帝国の言葉を習いたいと頼んだ。
話を聞いたのかヴァンがすぐにコレットのためにシェイメイ帝国から講師を呼び、用意してくれた。
コレットの要望に対してすぐに対応してくれるヴァンには感謝している反面、今までの環境と違いすぎて戸惑ってしまう。
シェイメイ帝国の言葉や文化を本格的に勉強していると、外への興味は自然と薄れていく。
メイメイやウロにもなるべくシェイメイ帝国の言葉で話してもらっていた。
本を読んだり刺繍をしながらヴァンの帰りを待つ。
彼を出迎えて、一緒に夕食を食べながら話すのが毎日の日課だった。
ヴァンとは昔から本音で話していたからか会話が弾む。
ヴァンはコレットのわずかな感情の変化に気付いてくれる。
毎日、必ずコレットに愛情を伝えてくれることも含めて寝室が別なだけで本物の夫婦のようだと思った。
(まるで本当にヴァンと結婚しているみたい)
真っ赤になる頬を押さえながら寝室に戻っていることをヴァンは知らないだろう。
毎日、美味しい食事が出てコレットの好みを細かくメモをするシェフたち。
メイメイたちは惜しみなく金を使いコレットの肌や髪を磨き上げていく。
資料をめくりすぎてガサガサだった指先も元に戻り、オリーブ色の髪はハサミで切って毛先がギザギザだったため整えてもらい艶々だ。
あんなに痩せていた体も、美味しい食事のおかげで肉付きもよくなってきた。
頬はふっくらしていて、肌には赤みも帯びている。
いつも冷たい水で汚れを落としていただけだったのに温かいお湯に浸かり、エヴァリルート王国にはない不思議なマッサージをしてもらったり、シェイメイ帝国では定番だという苦みのあるお茶を毎日飲んだりと至れり尽せりだった。
コレットがやりすぎではないかと思ったが「シェイメイ帝国では日課なようなものです」とメイメイに言われて、他の侍女たちも楽しそうなのでコレットは何も言えなくなる。
申し訳ないような、遠慮の気持ちもあったがメイメイに促されるまま今日もマッサージの施術を受けていた。
「わたくしにこんなことをして、もったいないんじゃないかしら」
「コレット様はヴァン様の奥様になるお方ですから」
「ヴァン様からコレット様のために尽くせと命を受けております」
「お綺麗です。コレット様」
そう淡々と告げられて、コレットは複雑な気分だった。
今日も夕食の後にヴァンはコレットを背後から抱きしめながら本を読んでいた。
前は照れていたが、今ではこの状況に慣れつつある。
ヴァンは片手で資料を読みながらご機嫌だった。
そんな日々を過ごしていた時、ヴァンからある提案を受ける。
「コレット、明日は外に出かけてみませんか?」
「外に?」
「もう一ヶ月も屋敷にいますから、たまには気分転換も必要でしょう?」
リリアーヌに合わせるようにして、ずっとミリアクト伯爵邸から出ることがなかったコレットは特に不満はなかったが、折角提案してくれたのだからと頷いた。
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