第39話 リリアーヌside9
ディオンはそう言ってリリアーヌをエスコートすることなく、先に行ってしまった。
取り残されたリリアーヌは暫く呆然としていたが、次第に怒りで頭がいっぱいになる。
(どうしてわたしのことをいじめるの!?前はあんなに優しかったのに、嘘ばかり言うなんて信じられない。それにもういなくなった女のことなんてどうでもいいじゃない)
コレットが頭がよくて油断できないとディオンが言っていた。
(そんなわけないわ!だって伯爵邸ではあんなに……っ)
しかしリリアーヌの気持ちとは裏腹にパーティーで厳しい現実を知ることになる。
リリアーヌが会場に足を踏み入れると針に刺すような視線と嘲笑うような声が聞こえて一歩も動けなくなる。
まるで値踏みされているようだと思った。
ドレスの裾をギュッと握りながらリリアーヌは習ったことを思い出そうと懸命に思考を巡らせていた。
しかし頭の中は真っ白になってしまってその場で動けずにいる。
(ど、どうしましょう。失敗したってまた具合が悪いって言えば。ああ、そうだわ!全部コレットお姉様のせいにすれば……っ)
そう思ってハッとする。
もう自分の失態をコレットのせいにすることは不可能なのだ。
コレットがいなくなったことが、こんなにも自分を追い詰めることになるとは思わなかった。
(失敗してもコレットお姉様のせいにできないってこと?)
リリアーヌに恐怖が襲う。
挨拶をもし間違えてしまったら?
ディオンが言っていたように馬鹿だって笑われたら?
ずっと両親に頼って生きていたリリアーヌにとって、はじめての経験だった。
今回の大きなパーティーにリリアーヌがきちんと対応してくることを両親は望んでいた。
しかし今、そんなことはもうどうでもいい。
可愛らしいドレスを着た自分の姿を会場にいる令嬢に見せつけてやろうと思っていたが、そんな気持ちはどこかに消えてしまう。
こちらにジリジリと近づいてくるように人が押し寄せてくるような気がしてリリアーヌは背を向けて逃げ出した。
(やっぱりわたしには無理っ!お父様とお母様にはまた具合が悪くなったって言い訳すればいいわ……)
リリアーヌはディオンの言った通り、公爵の馬車に逃げ帰るようにして走った。
誰にも挨拶しないままで姿を消すというありえない非常識な行動をとっているとも気づかぬまま伯爵家へ。
しかし両親は逃げ帰ったリリアーヌを慰めることも、よく帰ってきてくれたと褒めてくれることもなかった。
リリアーヌの耳に入ってきたのは父がいつもコレットに向ける怒号と母の金切り声だった。
(な、なんで……?わたしがこんなに困ってるのに!)
リリアーヌが「具合が悪いから」と逃げようとしても「今から引き摺ってでもパーティーに戻る」と言って聞かなかった。
「絶対に嫌よ……!わたしはいかないっ!あんな場所に戻りたくないの」
「リリアーヌ、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「フェリベール公爵にも申し訳が立たないわ!」
「アイツは悪魔よ!ディオンなんて婚約者じゃなくなればいいのにっ」
「リリアーヌ、あなた何を言っているの!?あなたの婚約者でしょう?いきなり変なことを言わないで」
「ディオンはリリアーヌによくしてくれているだろう!?」
「お父様もお母様もアイツに騙されているのよっ!」
「いい加減なことを言うのはやめなさいっ」
両親の厳しい声と共にリリアーヌは再び馬車に引き摺られていく。
こんな乱暴な扱いを受けたのは初めてだった。
両親が怖くて仕方ない。
リリアーヌは涙を流して反抗していたが、すぐに言いくるめられてしまう。
「コレットお姉様がっ、全部悪いのよ!」
「もうあの女はいないっ!リリアーヌ、お前しかいないのだ。ミリアクト伯爵家を継ぐものとして、もう甘えることは許されないからな!」
「お医者様がもうあなたの病気は完全に治っている、大丈夫だと言っていたの!いい加減、具合が悪いと言って逃げるのはやめてちょうだいっ」
馬車の中でリリアーヌを責め立てる声が響く。
リリアーヌは今までのことがコレットを犠牲にして成り立っているということを今日、はじめて知ったのだった。
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