第33話
「だけど、わたくしは……理由もなくここにいることはできないわ」
コレットが俯いていると、ヴァンはこちらを覗き込んで説得させるように口を開く。
「理由などいりません。コレットが僕のそばにいてくれるだけで十分ですよ」
真剣な顔でこちらを見るヴァンの言葉は到底、納得できるものではなかった。
「……」
「ここにいることに不満があるのでしょうか?」
「不満なんてとんでもないわ。こんなに幸せな日々、はじめてだもの」
「コレット……」
コレットは誰かと食べる食事がこんな風に美味しいと感じたことはない。
メイメイたちと他愛のないお喋りをすることが毎日とても楽しくて、ヴァンと共に過ごす時間は以前と同じで幸せだと感じる。
今まで、コレットは完璧にしなければならなかった。
役に立たなければ自分に価値がないと教え込まれ、見えない鎖で縛られ続けていたコレットにとって、こんなにも幸せな時間が壊れてしまうことが怖くて仕方がないと感じる。
(できればここにいたい……贅沢だとわかっているけれど)
「わたくしもヴァンのそばにいたいわ」
「なら……!」
「もしここにいてもいいとヴァンが許可してくれるなら、わたくしもヴァンのためにがんばって働……」
働くから……そう言いかけてコレットは言葉を止めた。
ヴァンが怒っているとそう思ったからだ。
ヴァンの手のひらがコレットの手を握る。
指が触れて、心臓がドクリと跳ねるように動いた気がした。
「この二週間で結構、アピールしたつもりだったのですが……コレットに僕の気持ちは何も伝わっていなかったのですね」
「ヴァン、どうしたの?」
「遠回しに言ってもコレットには伝わらないと理解しました。メイメイの言う通りですね」
コレットがメイメイを見ようとすると、こちらを見ろと言わんばかりに手を握っている反対側の手のひらで頬を押さえるようにて撫でた。
紫色の瞳がコレットを捉えて離さない。
「役に立ちたいというのなら、僕のお願いを聞いてくれますか?」
「ヴァンのお願い……?えぇ、わたくしにできることなら喜んで」
ヴァンが何か仕事を任せてくれるのかと期待したコレットは次の言葉に驚くことになる。
ヴァンはコレットの元に跪いてこう言った。
「コレット、僕と結婚してください」
「……ッ!」
「僕とずっと一緒にいて、隣で笑っていてください」
「なに、を……」
突然、コレットに結婚を申し込んできたことに驚愕していた。
しかしヴァンは冗談を言っている様子はない。
(ヴァンは何を考えているの?わたくしと結婚?急にどうして……)
ヴァンの考えていることがコレットにはわからなかった。
「そ、そんなことをしてヴァンに何かメリットがあるの?」
「はぁ……コレットには僕がどれだけあなたを思っているのかを教えてあげなければなりませんね」
ヴァンの視線が先ほどよりも熱を帯びたような気がした。
ヴァンはコレットの体を軽々と抱え上げてからベッドに腰掛ける。
コレットは頬を赤く染めたままヴァンの足の上で動けずにいた。
頬を撫でていた手のひらは下の方に移動していき、コレットの唇を親指でなぞる。
細まった瞳に見つめられて心臓がドクリと音を立てた。
「メリットなどありすぎて伝えきれませんよ。これでコレットが働く理由はなくなりました。いいですね?」
「……っ!?」
「メイメイ、ウロに今日と明日の予定はすべてキャンセルするように伝えてくれ。僕はコレットと二人きりで話したい」
「かしこまりました」
メイメイは深々と頭を下げて部屋の外へと向かった。
「ヴァン、予定はいいの?」
「コレットとキチンと話すことよりも大切な予定があるのですか?」
「えっと……」
眉を顰めて言うヴァンが本気なのか冗談なのかがいまいちわからずにコレットは戸惑っていた。
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