第31話

もしかしたら何を今更、と思われているのかもしれないとコレットは恥ずかしさから顔を伏せた。


(どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。わたくしはヴァンの優しさに甘えて厚かましいわ)


ヴァンのそばが心地いい。

こんな図々しい女を屋敷の皆も嫌がるだろう、訂正しようと思った時だった。



「まさかここまでわかっていらっしゃらないとは……」


「ごめんなさい。やっぱり今言ったことは忘れて。このまま出ていくわ」


「お待ちください、コレット様……!」



コレットは申し訳なくなり、出て行こうとするがメイメイにすぐに引き止められてしまう。



「メイメイの言いたいことはわかっているの。ヴァンにもお礼できないなんて失礼よね」


「このままでは埒が明かないので、この件はフアンタァィ……ヴァン様に報告させていただきます」


「えぇ……わかったわ」


「少々、お待ちくださいませ」



メイメイは深々と腰を折り、足早に部屋から出ていく。

コレットはメイメイが淹れてくれた紅茶を見つめていた。


屋敷の中ではコレットがヴァンと呼んでいたが、皆はコレットには聞き取れない言葉でヴァンのことを呼んでいた。

気になったコレットが「その言葉って、ヴァンのことかしら」メイメイに問いかけたことがあった。

教わろうとしたが、何故かその場にいたヴァンに止められてしまう。

『コレットは以前のように〝ヴァン〟と呼んでください』


次の日から屋敷の人たちがコレットを気遣ってか『ヴァン様』と言い直してくれるようになる。

しかし慣れていないのかメイメイもたまに間違えてしまう。


(わたくしが伯爵邸であんな人たちの言いなりになっている間にヴァンは努力して、こんな素晴らしい屋敷に住めるくらい立派になったんだわ)


コレットは外のベンチでのんびりとしていた時だった。

『ヴァン様のあんな顔は今まで見たことがない。まるで別人じゃないか』

『あの方がヴァン様の……なのだろう』

『あんな風になってしまうくらいに彼女を……。まさに……だな』

シェイメイ帝国の言葉で、ところどころしか聞き取れなかったが、従者たちの会話を聞いたことがある。


コレットがいると気付いた従者たちは青ざめた顔で頭を下げて去って行ったが、もしかしたらいつまでも居座るコレットを咎めていたのかもしれない。

次第に悪い思考に傾いていき、その分も頑張って働こうと思っていた。

コレットが自らを落ちつかせるように紅茶に口をつけようとした時だった。



「──コレット!」



コレットの名前を呼びながら部屋の扉を叩く音。

返事をすると押し入るように部屋に入ってくるのは焦ったヴァンだった。



「メイメイから聞きましたよ!ここで働きたいと言ったそうじゃないですか!」


「えぇ、このままお世話になってばかりいられないもの。もちろんシェイメイ帝国の言葉もなるべく早く覚えて役に立つ……」


「どうしてそんなことを言うんですかっ!」


「え……?」



ヴァンはコレットの言葉を遮るように言った。

そして紅茶のカップを手に取り、サイドテーブルに置いたヴァンはコレットの両手を掴みながら握ると、眉を顰めて悲しそうな表情を浮かべている。


(ヴァンはわたくしがまだ伯爵令嬢だと思っているのよね……だから止めるんだわ)


メイメイには伝えたが、コレットは今までのことをヴァンに話していないことを不誠実だと感じていた。

何も言わずに甘えてばかりはいられない。

だから今こそ本当のことを話さなければと口を開く。



「わたくし、ヴァンに話さなければいけないことがあるの」


「……っ!」



そう言った瞬間、コレットの手を握っていたヴァンの体が強張ったのがわかった。

コレットは顔を伏せて唇を噛む。


(怒るのも当然よね……こんな風に何も知らせないまま居座っているなんて)


もっと早くヴァンに真実を伝えればよかったと、コレットは後悔していた。


(ヴァンに軽蔑されるのかしら。それだけは嫌だわ)


そう思いながらもコレットは震える唇を開く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る