第30話
この大きく立派な屋敷は、今はヴァンの所有物らしい。
出会った時の彼は、コレットよりも小さくて身なりを見ても男爵家か子爵家の令息にしか見えなかった。
しかし今は使用人の数や豪華な食事、装飾品を見てもそうでないことは明らかだ。
それにこの屋敷で働くすべての人たちの名前や会話の時に使っている言葉からシェイメイ帝国の人だとわかる。
(ヴァンはシェイメイ帝国の出身だったのかしら……だからパーティーでも肩身の狭い思いをしていたのかもしれないわ)
国から出たというのもシェイメイ帝国に帰ったという意味なのだろうか。
そう思うとこの状況も説明がつくような気がした。
ヴァンにそれとなくこれからの話をしようとしても何故か有耶無耶にされてしまう。
しかしコレットは次第に罪悪感を感じるようになる。
贅沢三昧な生活に申し訳なさが勝るのだ。
ヴァンは何故こんなにもコレットを甘やかすのかと問いかけたくなるくらいコレットを気遣ってくれる。
まるで愛されていると錯覚してしまうくらいにヴァンは優しい。
(……そんなわけないわ。ありえない)
コレットは今日、ヴァンに働きたいという意思があることを話そうと思い、メイメイにヴァンの予定を問いかけるために口を開く。
メイメイは無表情で片目に眼帯をしているため表情は分かりづらいが、毎日顔を合わせているからか、少しずつ表情の変化がわかるようになっていた。
相変わらずメイメイは紅茶を淹れたり、お菓子を用意していたり一切無駄のなく素早く動き回っている。
(わたくしもメイメイのようになれるかしら……不安だわ)
自分がすぐにメイメイのように動けるようになるにはかなり時間がかかるとは思うが、できる限り努力するしかないだろう。
ミリアクト伯爵邸で自分のことはやっていたが、人のために動くとなるとまた別だ。
(役立たずって思われないように、わたくしも頑張らないと……それからシェイメイ帝国の言葉も勉強した方がいいわよね)
多少、日常的な会話ができたり聞き取れたり程度までは勉強してあるが、流暢なシェイメイ帝国の言葉はまったく聞き取れずにまだまだわからない単語も多い。
コレットは自らを落ち着かせるように深呼吸してからメイメイに声をかける。
「メイメイ、お願いしたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか、コレット様」
「わたくし、この屋敷で働きたいと思っているの。今日、ヴァンに頼んでみようかと思っ……」
コレットの言葉の途中でガチャンと食器が擦れる音がした。
珍しくメイメイが音を立てたことに驚いていたが、メイメイの方が目を見開いてびっくりしているように見える。
「今……なんとおっしゃいましたか?」
「わたくしもこうしてお世話になってばかりはいられないでしょう?ヴァンにも申し訳ないし、行くあてもないからここで雇ってもらえると嬉しいのだけど」
「…………」
「もしかして図々しかったかしら」
メイメイの反応を見て、コレットは厚かましい奴だと思われたに違いないと反省していた時だった。
メイメイは真剣な顔でコレットに問いかける。
「何故、そのような思考になるのでしょうか」
「あのね……まだヴァンには言っていないけれど、わたくしはもう貴族の令嬢ではないのよ。だからこんな風に手厚く世話をしてもらってもヴァンには何も返せない。だけどこのままではいけないと思うの」
「…………」
「ここで働かせてもらったら嬉しいけれど、やっぱり図々しいわよね。シェイメイ帝国の言葉も少ししか話せないし役に立たないわね」
メイメイは珍しく瞳を右往左往した後に眉を顰めた。
いつも無表情のメイメイがこんなにも感情を露わにしている。
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