第27話
コレットが毎回、城に行って会うのを楽しみにしていた一人の男の子がいた。
彼のことが大好きで、結婚したいと思うほどに。
『わたくし、ヴァンのことが大好きよ!』
『……ありがとう。僕もコレットが好きだ』
今思えば、この日が人生で一番幸せな日だったのかもしれない。
裏切られて悲しい、いきなりいなくなって怒っているという気持ちは不思議となかった。
それはコレットが先にヴァンに黙ってパーティーに出なくなったことが原因ではないかと思っていたからだ。
お揃いのおもちゃの指輪は燃やした手紙の奥にしまっていたことを今になって思い出す。
(もう燃えてなくなってしまったかしら)
父に紹介しようとしていたことをきっかけにコレットは伯爵邸から出ることはできなくなり、二度と会えなくなってしまった。
コレットの意見は真っ向から否定されてしまい、伯爵邸から出られなくなった。
彼がいなくなった絶望感は今でも胸を抉る。
「まさか……そんなはずないわ。彼は男爵家か子爵家の令息じゃないの?」
「………」
「突然、わたくしの前から消えてしまって……それで」
コレットはそう言って青年に手を伸ばす。
ホワイトアッシュの髪と肌にはあの時とは違って艶があり美しい。
コレットよりも小さくて細かった体は、一回りも二回りも大きくて体格はがっしりとしているし声も低い。
一番の違いはこんな風に優しい笑顔を見せたことがないところだろうか。
無口だったし、こんなに紳士的ではなかった。
コレットは青年の頬を指でそっと撫でながら確認するように問いかけた。
「ヴァンは……こんな風にたくさん笑ったりしなかったわ」
「えぇ、そうですね」
「それに髪もボサボサだったし、体はわたくしよりもずっと小さくて心配になるほどだったのよ?」
「はい」
「……っ!」
そこからコレットは言葉を紡ごうとして詰まってしまう。
目元が熱くなり、涙が出ないようにぐっと唇を噛んで耐えていた。
(どうして……否定してくれないの?)
ヴァンはコレットの前から消えて、二度と会うことはなかった。
それなのにコレットが伯爵邸を出たこのタイミングでまた現れるなんて都合のいいことあるわけない。
そう思っているのに、目の前にいる青年がヴァンだと思うと嬉しくて仕方がないのだ。
記憶の幼い彼とはかけ離れた姿だが、彼の優しくコレットを見る瞳は今も昔も変わらない。
「どう、して……?」
「コレットに指輪をもらったあの日の夜……僕はある理由から国を出なければならなかった」
青年は首元のチェーンを引くと、コレットがヴァンに渡したおもちゃの指輪があった。
幼いながらに雑貨屋でヴァンを思い、迷って決めた指輪を見間違うはずもない。
もう傷だらけでボロボロになっているが、ヴァンはネックレスにして持っていたのだろう。
コレットの目からハラハラと涙が溢れた。
無意識に手を伸ばして確かめるように彼の頬を撫でる。
「本当にヴァンなの?」
「はい。僕は〝ヴァン〟です」
コレットはあの時のことを思い出すと胸が痛い。
そしてヴァンが消えて姿を消した日から、コレットから光が消えたのだ。
「どうして……いなくなってしまったの?」
コレットの気持ちが溢れていく。
ヴァンと二度と会えなくなる日が来るなんて思わなかった。
辛い記憶を思い出さないようにしていた。
けれどヴァンもコレットが指輪を渡した日の夜、国を出て会えなくなってしまったらしい。
「やはり悲しませてしまいましたね。あの時の僕は無力で弱くて……苦しむコレットを救うことはできませんでした」
「え……?」
「いきなり消えて申し訳ありません。ですがコレットを忘れたことは一度もありませんから」
ヴァンはそう言ってコレットの髪を優しくすいた。
「今回、僕は君の幸せを見届けられたら、それでよかったんです」
「わたくしの、幸せ……?」
「コレットの前に姿を現すつもりはなかった」
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