第28話
ヴァンの言葉の意味を理解することはできない。
けれど離れていてもコレットの幸せを考えてくれたことだけはわかる。
「それなのに……コレットは僕の前で傷だらけで倒れていたんですよ?信じられますか?」
ヴァンが持っていた硬そうなスプーンが怒りからか折れ曲がっていく。
笑顔は消えてピリピリと肌に感じるほどの怒りにコレットは驚いていた。
しかしこちらの表情の方が昔のヴァンの面影を感じるような気がした。
「……スプーン、が」
「ああ、申し訳ありません。メイメイ、代わりを」
「はい」
扉の向こうに控えていたのか、メイメイがすぐに代わりのスプーンを持って現れる。
ゴツゴツした指や手のひら、強くなった力、服の上からもわかる鍛え上がった肉体を見ればヴァンの変化が窺える。
ヴァンが再びスプーンとリゾットを持つが、無惨に曲がったスプーンを思い出して思わず体が強張ってしまう。
「怖がらせてすみません」
「ち、違うわ……!怖がったわけじゃ」
「いや、構いません。コレットのことになると我慢ができなくなります。僕もまだまだですね」
そう言ったヴァンは笑ったあとに、先ほどのようにスプーンでリゾットをすくい、コレットの口へ運んでいく。
「もうお腹いっぱいだから……」
「コレットは細くて小さいですから、いっぱい食べてください」
「……!」
どこかで聞いた台詞だと思った。
『はい、ヴァンは細くて小さいからいっぱい食べなくちゃ』
『もういらない。お腹いっぱいだ』
『ダメよ!逞しくなってわたくしを迎えにきてね』
『……わかった』
パーティーの時、誰も来ない建物の裏で山盛りのスイーツをこうしてヴァンに食べさせていたこと思い出していた。
「わたくしがヴァンに言っていた台詞……」
「はい、そうです」
「あの時のこと覚えているの?」
「えぇ、一度も忘れたことなどありませんよ」
目の前にいる青年が本当にヴァンだと思うと驚きと同時に、堪えきれないほどの嬉しさが込み上げてくる。
コレットが両手で目元を隠すようにしていると、ヴァンが心配そうにコレットの名前を呼ぶ。
「不愉快でしたか?」
「違うわ……また会えたことが嬉しいの」
「……!」
「二度とあなたには会えないと思っていたから」
コレットは手のひらを外してヴァンを見る。
青年の正体がヴァンと分かり安心感からホッとして笑みが溢れた。
ヴァンは皿を置いてコレットを思いきり抱きしめる。
「ヴァン……?」
「コレット、僕がコレットを見つけるまでに何があったか話せますか?」
「……っ!」
コレットの頭の中で、あの時の苦しみや痛みが蘇る。
反射的にヴァンの肩を押してから唇を噛んだコレットを見て、彼は「申し訳ありません。急ぎすぎたみたいです」と言って腕を離してからメイメイを呼んだ。
コレットは小さく首を横に振った。
謝罪をしたいのにうまく言葉が紡げない。
ヴァンが悪いわけではないのに失礼な態度を取ってしまったことを申し訳なく思っていた。
ヴァンは膝の上で震えるコレットの手の甲に重ねるようにして手を置いた。
「コレット、ここにいてください」
「……ここに?」
「えぇ、僕は大歓迎ですよ。必要なものは買い揃えますからメイメイに言ってくださいね」
そう言ってヴァンは去っていく。
コレットはジクジクと痛む胸元を押さえていた。
(事情を説明せずに、ここに置いてもらうなんてよくないわ……でも、まだ心が痛い)
あの時のことを説明しようとすると怒りと悲しみが同時に襲ってくる。
感情が大きく膨らんでしまい、コレットは言葉が出てこなくなってしまう。
しかし今はヴァンがそばにいてくれる。
それだけでコレットの心は少しだけ強くなれるような気がした。
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