第26話
「どうやら食事の時間のようですね」
「食事……?」
「昨日はコレットさんがたくさん食べてくれたと聞いて嬉しかったです。では僕はこれで……」
コレットが座っているベッドの前で膝をついた青年はいつものようにニコリと笑った。
手の甲に口づけて立ち上がる姿を見てコレットは呆然としていた。
青年の柔らかい唇が触れた場所が熱い。
青年は背を向けてしまう。
扉が開くとメイメイが深く腰を折っていた。
この人のことをもっと知りたい……そう思ったコレットは青年を視線で追いかけていた。
「……コレット?」
「あっ……」
コレットは無意識に青年の袖を掴んでいたようだ。
引き止められたことが意外だったのか、青年は一瞬だけ目を見張る。
しかしすぐに優しい笑顔に戻った。
そして振り向くと再びコレットの手を握りながら視線を合わすように膝をついた。
「コレット、どうかしましたか?」
「いえ……あの……」
自分の行動に驚いたコレットは口篭ってしまう。
青年はコレットの言葉を待っているようだ。
(ど、どうしましょう……わたくしはなんてはしたないことを)
コレットの頬が恥ずかしさから赤く染まっていく。
慌てていると青年は後ろを振り向いてメイメイと視線を送る。
するとメイメイはワゴンを置いて部屋から出ていってしまう。
二人きりになってしまい戸惑っていると青年がワゴンをこちらに運び、後ろ手で扉を閉めた。
青年はベッドの近くに置いてある椅子に座り、サイドテーブルにトレイに置くと皿を片手に持ち、反対の手にスプーンを持つ。
コレットは何をしているのか疑問に思いながら青年の行動を見ていた。
青年は慣れた様子で皿を掻き回すと、スプーンに掬ったリゾットに息を吹きかきて冷ました後にコレットの口元へと運んだ。
「はい、どうぞ」
「……!?」
「口を開けてください。早くしないと溢れてしまいますよ?」
その言葉に戸惑いつつも唇を開くと、スプーンと液体が流れ込んでくる。
「熱くないですか?」
青年の言葉に返事をするようにコレットは頷くと「よかったです」と笑みを浮かべた。
(……美しい人)
ホワイトアッシュの珍しい色の髪は以前のコレットと同じくらいの長さで一つに結えている。
それでも女性に見えないのは体格がしっかりとしているからだろう。
前髪の隙間から見える宝石のような瞳。
スッと通った鼻筋と形のいい唇が綺麗に弧を描いている。
「コレットにそんな風に見つめられると照れてしまいそうですね」
「……ッ!?」
「それとも食事の催促でしょうか?」
そう言ってコレットを揶揄うように笑いながらスプーンで遊ぶ青年を見て、コレットは小さく首を横に振る。
再び皿に入ったリゾットを掻き回している青年に問いかけるようにして唇を開いた。
「あなたは……誰ですか?」
「…………」
「どうしてわたくしに優しくしてくれるのでしょうか」
コレットがそう口にしても青年は名前を明かすことを拒絶しているようにも見える。
瞼を伏せてコレットと目を合わせないようにしているように思えた。
そしてスプーンをコレットの口に運んでいく。
「むぐ……」
「名を明かしたら、コレットはきっと悲しい顔をするでしょう」
「え……?」
「コレットを傷つけるくらいなら、このままでいいとそう思っているのです……ですが知らない男に世話されるのは不安ですよね」
寂しそうにしている青年はスプーンを置いて、チラリとこちらを見て笑った。
けれどその仕草が見覚えがあるような気がした。
(わたくしはこの寂しそうな紫色の瞳を知っている。こうして……パーティーの度に二人きりで過ごしていたけど会えなくなってしまったわ)
辛い記憶で蓋をしていた部分がそっと開く。
(どうして気が付かなかったのかしら。でも雰囲気も性格も全然違う……ありえないのに)
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