第25話


* * *




『お前はこれから二人を支える影となればいい!そうすれば今までのことを全て水に流してやる』


(勝手なことを言わないで……わたくしがどんな思いで今までお父様の代わりに仕事をしてきたと思っているのよ!)


『それがいいわ!リリアーヌ一人では体調に不安があるもの。それに可愛い妹を虐めるような性格の悪い女を嫁に欲しいなんていう令息が、この国にいるはずないものっ!』


(……何故、こんなひどいことが言えるの?お母様はわたくしのことはどうでもいいのね)


『ずっと病気で何もできなかったわたしに、婚約者をちょうだい?これくらいいいでしょう?』


(これくらい……?あとどれだけわたくしは自分を犠牲にしたらいいの?)


『えぇ、だって仕方ないじゃない。コレットお姉様が悪いのよ?』


(わたくしの……何が悪かったと言うの?)


『お前には失望したよ、コレット」』


(失望、ね……わたくしも、もううんざりだわ)


『これからもここにいて、わたしたちを支えてね?』


リリアーヌはそう言って満面の笑みを浮かべている。




「──いやぁあぁっ!」


コレットは痛む胸を押さえながら勢いよく起き上がった。

荒く息を吐き出しながら、割れてしまいそうな頭を押さえる。


全身が震えて冷や汗をかいていた。

そのまま自らを抱きしめるようにして腕を回す。

夢にまで見てコレットの心を掻き乱すことに腹立たしいと感じるのと同時に、行き場のない苦しみや悲しみを抑え込むことに必死になっていた。

一人でこの気持ちを抱え込まないといけないと思うと息を吸うことすらできなくなる。


そんな時だった。



「……コレット!?」



顔を上げた瞬間、目に溜まっている涙が頬を伝う。

こちらにまっすぐ走ってくる人物に目を見開いた。

スッとコレットの前に伸びるゴツゴツとした手のひらに戸惑い見つめていると、体を包み込まれるように抱きしめられてしまい肩を跳ねさせた。



「……っ!?」


「大丈夫ですか?もしかしてどこか痛むのですか!?何か悪い夢でも!?」


「あ、あの……」


「お願いだ。泣かないで……コレット」



何故か彼の方が泣きそうになっていることを不思議に思いながら見つめていた。


(どうして……この人の方が苦しそうなの?)


コレットは強く強く抱きしめてくれる腕の中で、瞼を閉じてゆっくりと息を吐き出した。

知らない人なのに嫌だとは思わなかった。

むしろどうしてこんなに安心するのか不思議なくらいだ。

心からコレットの心配をしてくれていると、わかるからかもしれない。


ホワイトアッシュの髪からは、ほんの少しだけ異国の香りがする。

あの四人のことを一瞬で忘れてしまった。

呼吸がしやすくなったことに安堵していた。


暫く抱きしめられたままコレットが顔を上げると、青年の紫色の瞳と目があった。

そのまま数秒、見つめ合っていた。

瞳に吸い込まれてしまいそうになる。


しかし青年の方から視線を逸らされてしまう。

ほんのりと赤く染まる頬を見てコレットは目を見開いた。



「……っ、そんなに可愛い顔で見つめられると困ります」


「可愛い、顔?」


「すみません。コレットが体調が悪い時に僕はなんてことを……」



大きな手のひらは口元を覆うように隠してしまう。

コレットは青年の言葉に心臓がドクリと跳ねる。

まるでコレットのことを好いているような行動だと思ったからだ。


(そんな訳ないわ……わたくしたちは初めて会ったはずでしょう?)


青年が離れたことでコレットは寒さを感じた。

そのことが名残惜しいと思い、コレットが無意識に彼を見上げていると扉をノックする音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る