第18話

父はコレットがディオンと婚約する少し前にリリアーヌを是非、ウィリアムの婚約者にと勧めていたが病弱故に断られていることを思い出す。


ウィリアムには今、婚約者はいないが彼は素行も悪くお伽話なような完璧な王子様とは程遠い。

あまり令嬢たちからの人気はないそうだ。

王妃の性格を考えても進んで嫁ぎたいと思う令嬢もいないだろうがコレットの親友の一人、侯爵令嬢のアレクシアには王家から婚約者候補として打診がきているらしい。


コレットの友人であり侯爵令嬢のアレクシアはとても美しい令嬢だ。

しかし幼馴染の令息と結ばれたいと願っていた。

力になりたいと思っていてもミリアクト伯爵家から出られないコレットにはどうにもできなかったことを今になって思い出す。

メイメイは手早く紅茶や軽食をワゴンから取り出して、ベッドサイドのテーブルに置いていく。



「召し上がってください。体が温まりますよ」



メイメイからカップを受け取ろうとするが、うまく力が入らない。

するとメイメイは紅茶のカップを持ってコレットの前に差し出してくれた。



「無理はなさらないでください」


「はい、ありがとうございます」


「私たちは使用人ですので、そのように言っていただく必要はございません」



メイメイの表情はなく淡々とコレットの身の回りの世話を手際よくしてくれる。

コレットがここはどこなのかを問いかけると、メイメイは「私の口からは何も言うことはありません」と言われてしまい、コレットは押し黙るしかなかった。


(ここはシェイメイ帝国なのかしら。そんなに歩いたわけないわよね。親切なことを考えると奴隷…ではなさそうね。わたくしは娼婦として引き取られるのかしら)


コレットは自分が娼婦として働くのなら、この扱いも納得できるような気がした。

でなければこんな丁重に扱ってもらう理由がない。

運がいいことに建物も立派で使用人もいるとなれば高級な娼館なのかもしれない。


(はじめてのことばかりで迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、助けてもらった恩を返すためにわたくしができることはしましょう……!)


覚悟を決める意味を込めてコレットはメイメイに問いかける。



「もしかしてここは娼館ですか?」


「……!?」



その質問に今まで表情が動かなかったメイメイの眉がピクリと動く。



「わたくし、まだまだ未熟ではありますが一生懸命がんばりますわ」



ミリアクト伯爵邸を抜け出した時から、ある程度の覚悟はできていた。

けれどいざ自分が働くとなるとコレットは緊張から心臓はドクドクと音を立てる。



「勘違いなさっているようですが、ここは娼館ではありません」


「……え?」


「コレット様、今は何も考えずにご自分のペースで構いませんので、まずは食事をお願いいたします」


「食事を……?」


「はい。コレット様のお口に合わなければ教えてくださいませ。御用がありましたらそちらに置いてあるベルを鳴らしてください」



コレットはメイメイの視線の先にあるベルを見ていた。



「私がいても落ち着かないと思いますので、失礼いたします」



メイメイは深々とお辞儀をして去って行く。


(ここは娼館ではないの?食事をしろということは、もしかして仕事をするには痩せすぎているのかしら……)


コレットはもう一度、ぐるりと邸内を見回した。

少し古い感じはするが、どの調度品も高級そうに見える。


先ほど助けてくれた青年がこの屋敷の主人なのだろうか。

だとしても若すぎるような気がした。

名前も知らない青年の優しい微笑みと温かい手のひらの感触が今も残っていた。


(わたくしのことを知っているようだった。でもどうして?)


コレットは名前を名乗った覚えもないし、今まで社交界で彼と会ったことはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る