第17話


(涙が……。わたくし、生きているのよね?これは夢じゃないの?)


死の恐怖が消えて、安心感が込み上げてくる。

もしこの青年が助けてくれなかったらコレットはどうなっていたのか。

あの場で寒さに震えながら死んでいただろう。


そう思うと今更になって恐怖が襲ってくるのと同時に、自分の無力さに悔しさが込み上げてくる。

青年はコレットが泣いている姿を見て、目を見開いている。

スッと伸ばされた手はコレットの涙を優しく拭った。


コレットは困ったようにこちらを見る青年を見てハッとする。

そして今は怖がっている場合ではないと、慌てて頭を下げた。



「あのっ、助けてくださりありがとうございます……!」



コレットがそう言うと青年は、にっこりと優しい笑みを浮かべた。

記憶力には自信があったコレットだったが、やはりこの青年が誰かがわからない。

コレットの名前を当然のように呼ぶのは、アレクシアかエルザくらいだ。

問いかけるか迷ったが、恐る恐る唇を開く。



「わたくしのことを知っているようですが、どこかでお会いしたことがあるのでしょうか?」


「……」


「申し訳ありません。どうしても思い出せなくて……」



青年は何も答えなかった。

もしかして怒らせてしまったのかもしれないと思ったが、青年は笑みを浮かべたままだ。



「今は何も考えずにゆっくりと休んでください」


「……え?」


「こんなに痩せてしまって……暫く休息が必要でしょうから」


「で、ですが……!」



青年は立ち上がると、コレットに優しい笑顔を向けて去っていく。

パタリと扉が閉まると、青年と入れ替わるように眼帯をつけて髪を上で二つに丸くまとめた少女が中に入ってくる。

服装からして侍女なのだろうか。

先ほどの優しそうな青年とは真逆で表情は固まっているようにまったく動かない。

形のいい唇が開き、綺麗に腰を折る少女に釘付けになっていた。



「コレット様、本日よりコレット様をお世話させていただきます。メイメイです。よろしくお願いいたします」


「メイメイ……?もしかしてシェイメイ帝国の方でしょうか」


「そうでございます」



エヴァリルート王国の何倍もある土地を有するシェイメイ帝国は独自の文化を持っており武力も高く圧倒的な力で様々な部族を支配している。

皇帝には何人もの妃嬪がおり、エヴァリルート王国にも二十年以上前に八番目の皇女が側妃として嫁いできたそうだ。


理由はエヴァリルート国王と王妃との間に何年も子供ができずに、周囲の意見を受けて迎え入れたらしい。

男児を産んだが、その二年後に奇跡的に王妃が男児を授かったのだ。

数年後に側妃は病に冒されて亡くなってしまったことから悪い噂が多い。


本来ならば第一王子になるはずだった男児は表に出ずに見かけないことから、母親と共に死んでしまったのではないかと言われている。

王妃の圧力から深く言及されることはなく、その辺りはあやふやになっていて詳しくは明かされていない。


気性の荒い今の正妃に目をつけられたくはないため、わざわざこの件を掘り出す者もおらず闇に葬られてしまったようだ。


エヴァリルート王国には王妃が産んだ王子が一人だけ。

王太子のウィリアム・ル・エヴァリルートはあまりいい噂は聞かない。

それにディオンと仲がよく、一緒に出席したパーティーで親しげに話す様子をコレットは何度も見ていた。


コレットやディオンと同い年だがウィリアムは念願の王子だからか正妃は彼を好き放題に甘やかしている。

そのことで国の未来を憂う者も多いが、エヴァリルート国王もそこまで介入していないようだ。

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