第16話
* * *
(あれ……わたくしは道で眠ってしまったはずじゃ)
手足の感覚がなくなるほど寒かったはずなのに、温かい何かに包まれている。
嗅いだことのない甘く重たい香りが鼻につく。
誰かが顔にかかった髪をサラリと優しく梳いたような気がした。
微睡みの中、人肌に優しに包み込まれていることだけは理解できた。
こんなに幸せな気分で眠れるのはいつぶりだろうか。
「ずっと……この、まま」
「はい、いいですよ。ずっとここにいてください」
「…………?」
返事が返ってきたことを不思議に思っていた。
薄っすらと瞼を開けると雲のように煙が浮かんでいるのが見える。
その瞬間、だんだんと記憶が蘇っていく。
(わたくしはミリアクト伯爵家を飛び出して、寒さに耐えかねて道端で眠ってしまったはず……よね?)
もしかしてここは天国なのかもしれないと思ったけれど匂いや感触、体温が違うと教えてくれる。
コレットがゆっくりと首を傾けると目の前には光に反射して透き通るホワイトアッシュの髪と猫のように細まっている紫色の瞳。
まるで愛おしいものを見るような目だと思った。
両親が宝物であるリリアーヌを見るような愛情のこもった視線を思い出したところで、コレットは大きく目を見開いた。
「おはよう、コレット」
「……ッ!?」
知らない青年に名前を呼ばれて、コレットは体を跳ねさせた。
(だ、誰なの……!?)
コレットは反射的に手を伸ばそうとして、手や足が動かせないことに気づく。
どうやら全身をシーツに包まれて青年に抱きしめられているようだ。
身の危険を感じて、なんとか出ようと暴れていると青年はコレットの行動に気がついたのかベッドに座らせてから、ゆっくりとシーツを取り去る。
コレットが家を出る時に着ていた服ではなく、真新しい服に着替えていることに驚きを隠せなかった。
この青年がコレットの服を着替えさせてくれたのだろうか。
シルクのように肌触りがよく、高そうな服を見て呆然としていた。
豪華絢爛な部屋の中にはコレットと青年以外、誰もいない。
エヴァリルート王国では見慣れない異国の服。
長い髪を一つに結えており、耳にはスティック状の細い金属が揺れている。
(も、もしかして娼館に売られた?それとも人攫いに……?)
急に恐怖を感じてコレットは自らの体を抱きしめるようにして震えていた。
すると青年はシーツを再びコレットの肩に掛けてからベッドから降りた。
コレットの前で視線を合わせるように膝をついて心配そうに眉を顰めている。
「もしかして寒いのですか?」
「……え?」
「すみません、気が使えなくて。コレットが寒くないようにもう一枚、掛けるものを持ってきましょう」
「ぁ……」
コレットは何も答えられずに口篭る。
沈黙の後、伸ばされた大きな手を見て思いきり瞼を閉じる。
しかしサラリと髪を整えるように指が滑っただけで何も危害を加えられることはない。
「二日も眠っていたのですよ?無事、目が覚めてよかったです」
「……!」
「コレットの体が冷たくなっていて心臓が止まるかと思いました」
「あなたが……わたくしを?」
「もちろんですよ。コレット」
コレットの体調を心の底から案じてくれているのが伝わってくる。
何故ここまで親切にしてくれているのか不思議だった。
親しげな態度に違和感を持ちつつも、もう一度、青年に視線を送る。
瞳を見ていると何故かはわからないが胸騒ぎがした。
(わたくしはこの人をどこかで……?)
何かを思い出しかけたところで、コレットの目からハラリハラリと涙が頬を伝っていく。
震える手のひらで頬を撫でると、しっとりと濡れる指。
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