第15話 ???side
* * *
馬車から見える景色は記憶よりも随分と様変わりしているように見えた。
今日、エヴァリルート王国へ再び足を踏み入れる。
建国記念パーティーまで、買い取った恩人の邸で過ごすつもりだった。
今まで血が滲むような努力をしてここまで上り詰めた。
もう端の方で丸まりながら耐える屈辱の日は、本当の意味で終わりを迎えたのだと確かめることができる。
窓からは眩しいくらいの朝日が差し込んでくる。
こんな風に自分の人生に光を与えてくれた人がいた。
関わったのは少しの時間だったが、今まで生きてきた中で『彼女』以外に大切なものは見つからなかった。
しかし彼女を裏切ってしまった自分には、もう顔を見せる資格はないのだろう。
もしももう一度、彼女と話ができたのなら……そう考えてしまう浅ましい自分が嫌になる。
年齢的にはもう彼女は結婚しているかもしれない。
けれど幸せそうに笑ってくれているのならそれでいい。
彼女には笑顔しか似合わない。
今まで復讐のために生きてきたが、それが踏みとどまる機会になるかもしれないと恩人の最後の言葉に従って動いていた。
(随分と冷えてきたな……)
そのまま窓を見ていると、一瞬だけ通り過ぎていく景色の中で誰かが横たわっている。
見覚えのあるオリーブ色の髪が光に反射して見えたような気がした。
(まさか……そんなはずはない。彼女がこんなところにいるなんて。だが、万が一そうだったら?)
忘れるはずがない。あのオリーブ色の髪と輝く光のような金色の瞳を。
ありえないとわかっているのに確認せずにはいられなかった。
「───止まってくれ!」
思わず叫んだ。
大声を上げたことに驚いたのか、馬車は少し離れたところで急ブレーキをかけて止まる。
御者が来る前に乱暴に扉を開けてから馬車を降りた。
後続の馬車から人が次々と降りてくる。
名前を呼びながらこちらを追いかけてくるが、そんな声を無視していた。
先ほどの場所まで全力で走っていく。心臓はありえないくらい脈打っていた。
自分がこんなにも彼女に焦がれて求めていたのだと思い知らされる。
目の前で倒れている少女は身なりはいいようだが、かなり痩せ細っているようだ。
(……やはり違うか。彼女は貴族だ。こんなところにいるはずがない)
そう思いながら顔を隠しているストールを捲った。
「──ッ!」
成長していても彼女を見間違えるはずがない。
今まで抑えていた思いが溢れそうになるが、ある異常に気づく。
ストールから見える艶やかで長かったオリーブ色の髪は不自然なほどに乱雑に切られていた。
形のいい唇は青白くて乾いており、痩せこけた頬をそっと指で撫でる。
もう片方の頬は不自然に腫れていた。
恐ろしく冷たくなった皮膚、生きているか確認するために首に触れると僅かだが温かい。
震える唇で名前を呼んだ。
「コレット……?」
このまま彼女が死んでしまったとしたら……そう思いゾッとした。
今回のパーティーで幸せに微笑むコレットを見届けることができたら、自分の長年の目的を投げ出してもいいと思っていたのに、その考えはあっさりと打ち砕かれる。
(コレットはあの時から苦しみ続けていたのか?そんなこと……まさか。ありえないっ)
すぐに彼女の体を抱え上げ、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
従者が不思議そうに問いかけてくる。
「その方は?」
「僕の命より大切な人だ」
「……!?」
「屋敷に早く向かおう」
「かしこまりました」
体全身の冷たさがこちらに伝わってくる。
コレットが抱えていたのか持っていた荷物が地面に落ちた瞬間に中身が飛び出て散らばった。
ナイフとほんの少しの金が入っているだけのカバンに胸騒ぎを感じていた。
急いでコレットを抱えて馬車へと戻った。
心配する御者に馬車を出してもらい、コレットの体をストールごと抱きしめて温める。
外よりはマシだが体が温まるまで時間はかかるだろう。
どれくらいそうしていただろうか。
馬車が止まり、目的地に着いたことを知らせるように声がかかる。
従者がコレットを代わりに運ぼうと手を伸ばすが、首を横に振った。
コレットを離したくなくて大切に抱えて歩いていく。
このタイミングで彼女に会えたことは奇跡なのかもしれない。
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