第14話

荷馬車に揺られて体が痛くなってきた頃に日が落ちてくる。

暗くなるにつれて寒さも増していた。


目的の場所についたのか御者の男性にお金を渡してから別れた。

どこかわからない知らない土地にきたコレットは見慣れない町を歩いていく。

どうやらミリアクト伯爵領のように、治安がいいとはいえないようだ。


コレットは恐怖を押さえつけながら足を動かしていた。


『どうせ野垂れ死ぬだけだ』という、父の言葉を思い出す。

貴族の令嬢として育ってきたコレットは社交界では多少評価されることはあっても、外の世界ではこんなにも無力だと思い知らされる。

弱気な考えを振り払うように首を横に振った。


(たとえそうなったとしても、あの家で腐って死んでいくよりずっといいわ!)


コレットは無数の視線と危機感を感じて町に留まること諦めた。


暗闇の中、何もない道をどこまでもどこまでも歩いていく。

寒さで体が震えていた。

自分の体を抱きしめるように温めていたけれど、指先や足先の感覚はほとんどない。

ここがどこなのかもコレットにはわからない。


夜、ずっと歩いていても盗賊や人攫い、獣に襲われなかったのは奇跡なのだろうかと考えていた。

それかこの寒さの中、出歩いている人などいないだけかもしれないが。


(今にも倒れてしまいそう……でもこんなところで立ち止まったら寒さで死んでしまう)


ここ二週間、物置部屋に閉じ込められたり、部屋にこもりきりだったりしたことで、ほとんど食べ物を口にしていなかったコレットの体力は限界だった。

視界がぐにゃりと揺れてぼやけていく。


今まで怒りや悲しみによってなんとか動いていた足も、その効力をなくしてしまい、次第に重たくなっていく。

しかしコレットの前には道しかなく、町や明かりも見えない。

今まであんなにも息苦しさを感じていた暮らしも、寒さや飢えに苦しむことはなく幸せだったのかもと思えてくる。


(ううん……これでいい。自分でこの道を選んだんだもの。後悔なんてないわ)


弱気になる自分を必死に叱咤する。

けれど現実は御伽話のようにうまくはいかないようだ。

王子様は迎えに来てはくれない。

自分の終わりを悟ったコレットは息で手のひらを温めながら前を向いた。


(お金があったところで、わたくしにはもう無駄かもしれない……せめて最後に孤児院か教会に行って困っている人たちに寄付できたら、わたくしは思い残すことなんか何もないわ)


そう思っていたのに頭に浮かぶのは友人のアレクシアとエルザの顔。

彼女たちに御礼を言えなかったことを後悔していた。

それとコレットが幼い頃に王家主催のパーティーで何度か顔を合わせたヴァンの優しい微笑みを今になって思い出す。

彼らだけはコレットの味方であり大切な人だった。


(もう一度だけ、ヴァンに会って話したかったわ……)


コレットは震える手で荷物を握りしめて立ち止まる。

暗い色のストールの上にはポタポタと涙が溢れていた。


どのくらいそうしていたのだろうか。

雲の隙間から朝日が昇るのを見ながら、コレットは暫く涙を流していた。

太陽がいつもより近くに感じるのに、吐く息は白くて体の震えは止まらない。

目眩がひどくなり、コレットは道の端にあった大きな石の上に座り込んだ。


(次の町で教会か孤児院を見つけてお金を預けたら、わたくしはもうどうなったっていいわ。次の町まで頑張りましょう…………でも、すごく眠い)


寒さからか、はたまた疲れからなのか。

コレットの瞼は重たくなっていく。

こんなところで眠ってしまえば命はないとわかっているけれど、急激な眠気に抗うことができずにコレットは荷物を抱え込んだまま目を閉じた。

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