第12話
「なんだと!?」
侍女がニヤリと唇を歪めて、リリアーヌの部屋の扉を開ける。
顔を歪めた父と母が部屋へと押し入ってくる。
父はコレットの襟元を掴み上げた。
そして壁に背を押さえつけるようにして、コレットに唾を吐きかけながら文句を言った。
「コレット、どういうつもりだ!今更、リリアーヌにやったことをうやむやにするつもりかっ!?」
「…………」
「こんなことなら最初からコレットではなく、リリアーヌにミリアクト伯爵家を継がせればよかったのよ!そうすればリリアーヌを悲しませずに済んだんだわ」
コレットは黙ってその言葉を聞いていた。
今にもコレットがずっと溜め込んでいた怒りが溢れ出してしまいそうだった。
何の反応も返さないコレットに焦ったのか、両親は信じられないことを口にする。
「お前はこれから二人を支える影となればいい!そうすれば今までのことを全て水に流してやる」
「それがいいわ!リリアーヌ一人では体調に不安があるもの。それに可愛い妹を貶めるような性格の悪い女を嫁に欲しいなんていう令息が、この国にいるはずないものっ!」
「そうだな、その通りだ」
両親の視線がディオンに送られる。
「え、えぇ……そうですね」
そう言ったディオンも頷いてはいるが、この家のおかしさにもう気づいているのだろう。
耳障りな声はコレットの怒りを増幅させていくだけだった。この二人から愛して欲しいと思っていたコレットが馬鹿だったのだ。
今は激しい憎悪が頭の中を支配する。
いつもならば何も言わないが、それも今日までだ。
「お断りします」
「おい……いま、なんて言った?」
「なん、ですって?」
「絶対に嫌だ、と申し上げているのです」
唖然とする両親を見ながらコレットは続けてこう言った。
「わたくし、今からこの家から出て行きますから」
そうコレットが言った瞬間、父から容赦なく平手打ちが飛ぶ。
「──この恩知らずめがっ!」
「……っ」
コレットを頬を押さえながら父を睨み上げる。
これから自分がどんな目に遭うのか、わかっていたがもう一方的に嬲られるのはごめんだった。
(こんなところで心を殺して生きるくらいなら、外で野垂れ死んだほうがマシよ)
コレットは父の胸元を掴んでいる手首に思いきり爪を立てる。
リリアーヌが粗相をしたパーティーの日から満足な食事を食べていないからか、うまく力が入らない。
だが怒りだけがコレットを突き動かしていた。
いつもと違う様子を見てか、力が緩んだのを確認してから父の体を押し退けた。
ふとリリアーヌの机にあったハサミが目に入る。
コレットはフラフラと歩きながらハサミを手に取った。
それには皆、動きを止める。
コレットはハサミに指を通して、刃先を自分に向けた。
その場にいる全員が目を見開いて息を呑んだ。
「コレット、お姉様……!?」
「お、おい……何をしている!」
「やめなさいっ、コレット」
コレットはハサミを開いてから反対側の手でリリアーヌと同じように伸ばし続けたオリーブ色の髪を掴む。
ザクザクとハサミが進むと床にバサリと音を立てて髪が散らばっていく。
「なっ……!」
コレットは胸元まで切った髪を払い、ハサミを振り翳してテーブルに突き立てた。
そして家族に向けて満面の笑みを向けながら、スカートの裾を掴み、軽く頭を下げた。
これは心からの笑顔だったと思う。
髪の重さが消えたからなのか体が羽根のように軽い。
「……さようなら」
コレットがそう言って部屋を出て行くまで、誰も何も言わなかった。
そしてパタリと扉を閉めた瞬間に父と母の怒号が響く。
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