第7話

二人からの手紙はどこにも居場所のないコレットにとって唯一の心の拠り所だった。


その手紙にもよく名前が出てくるフェリベール公爵家の三男、ディオン。

町に出ては遊んで、碌でもない奴らと連んでは問題を起こしてフェリベール公爵がフォローに動く。

その繰り返しだそうだ。

悪どいやり方で他者に危害を加えている。

金遣いが荒く、前の婚約も婚約者の令嬢や家族を騙して金を使い込んで相手の家は没落してしまった。

二人の手紙にそう書いてあることを思い出してゾッとした。

フェリベール公爵も問題児を引き取ってもらい大満足だろう。


アレクシアもエルザも心配してくれていたがコレットの意見や反抗は許されない。

ディオンとの婚約を受け入れるしかないのだ。


(最悪だわ。でもどうにかしてディオンの失態の証拠を出せば、この婚約も考え直してくれるかもしれない。このままだとミリアクト伯爵家が……)


上っ面だけはいいディオンは何も知らない父の前で気に入られるように立ち回ったのだろう。

そしてディオンはコレットやミリアクト伯爵家が社交界に出ていないため情報に疎いと思い込んでいるようだ。



「はじめまして、ディオン・フェリベールです」


「コレット・ミリアクトですわ」



初めて顔を合わせるのに、両親はディオンの前でコレットの話ではなく、ずっとリリアーヌの話をしていた。

コレットは薄々感じていたが両親はリリアーヌをずっとそばに置いておくつもりらしい。

それにはさすがにディオンも困惑気味だったが、リリアーヌと顔を合わせてその印象も変わったようだ。



「まぁ、こんな素敵な方がコレットお姉様の婚約者になるの!?」


「…………えぇ」


「まるで王子様みたい……コレットお姉様が羨ましいわ!」


「ありがとう、リリアーヌ。そう言ってもらえてよかった」


「ディオン様に名前を読んでもらえて嬉しいっ!コレットお姉様とわたしは毎日話すほど仲良しなのですよ?ディオン様、お姉様をよろしくお願いします!」



そして帰り際、二人きりになった時にコレットはディオンに問いかける。



「あなたの噂を聞いたわ。随分と派手に遊んでいるそうね」


「ははっ、ただの噂だろう……?」


「本当かしら」



ディオンは笑顔からこちらを値踏みするような視線に切り替わる。

コレットが厳しい表情でいると、ディオンは意外にもすぐに本性が見せた。



「知っていたところで、お前は何ができるんだよ」


「…………」


「ミリアクト伯爵家の噂は聞いてるぜ?妹があんなに可愛がられていて悔しくないのか?」


「えぇ、別に」


「……ふん、そうかよ」



ディオンは家族の関係性を今日、一日で見抜いたのだろう。

見送りのために両親が出てきたことで会話が終わる。

ディオンは笑顔で去って行った。


結局、コレットはディオンと一度、顔を合わせただけで婚約は結ばれた。

もちろんコレットの意見を聞かれることはない。


そしてディオンはミリアクト伯爵邸に通うようになる。

コレットはなんとかディオンの正体を暴こうと奔走したが、自由に動ける彼の方がいつも上手だ。

彼はコレットを警戒してか、町に出るのをやめて〝いい婚約者〟を演じている。

ディオンを警戒するように言っても両親はまるで聞く耳を持たない。


婚約者として上辺だけの関係もリリアーヌには違って見えたらしい。

『コレットお姉様が羨ましい!』『わたしにも婚約者が欲しい』

次第にそう言うことも増えていく。


しかし幼い頃から病弱で邸から出てこない彼女を進んで娶る貴族はいない。

何故なら貴族たちにとって跡継ぎを産むことが何よりも重要だからだ。

病弱のリリアーヌには無理だと判断しているのだろう。


しかしディオンは次第に両親に促されるようにしてリリアーヌの部屋によく足を運ぶようになる。

リリアーヌの希望で二人きりで話すことも増えていく。

妹であれど婚約者でもない男性と部屋の中に二人きりで。


(あの人たち、リリアーヌが好きすぎて常識までわかんなくなったのかしら)


ディオンもリリアーヌがミリアクト伯爵家を支配していると学んだようだ。

次第に他の家族や侍女たちと同様に、コレットに気遣うこともなくなっていく。

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