第6話
ポツリと呟いた言葉が耳に届く。
リリアーヌはいつもと同じセリフを口にする。
しかしコレットにはわかっていた。
(本当は羨ましいなんて思っていないんでしょう?)
リリアーヌは今日も嘘を吐く。
潤んだ瞳でこちらを見るリリアーヌを侍女たちが庇い、コレットを睨みつけた。
コレットは何事もなかったように椅子から立ち上がり、リリアーヌに背を向ける。
侍女たちはコレットの態度が気に入らないのかこちらに聞こえるように悪口を言っている。
ミリアクト伯爵邸でコレットの立場は一番下だった。
リリアーヌが関わっているのなら、コレットが何を言おうが関係ない。
この場所で正しいのはリリアーヌで間違っているのがコレットなのだ。
「待ってよ!コレットお姉様……っ」
リリアーヌの声が聞こえたが、コレットは無視して足を進めた。
コレットも馬鹿ではない。
長年、この場所にいて気づいたことはたくさんある。
それにリリアーヌはミリアクト伯爵家の中で、自分に無関心なコレットをどうにかしたいと思っている。
そして自分よりも不幸なコレットをこの狭い屋敷の中に囲って嘲笑っていたいのだ。
しかしコレットにはリリアーヌをお姫様のように扱うことは絶対にない。
リリアーヌはそれが心底気に入らない様子だと気づいたのはヴァンを紹介したいと言って両親にありえないと殴られた時から。
リリアーヌの笑みに気づいた瞬間、夢から醒めるように彼女の本性が透けて見えてくる。
(わたくしがあなたを見ることはないわ)
コレットにできることはただ一つ。何をされても無関心でいることだけ。
コレットの世界は相変わらず灰色だった。
そんなある日のこと、ついに婚約者ができることになった。
それがディオン・フェリベールだ。
フェリベール公爵家の三男で、ライトブラウンの髪と深い青の瞳は優しい印象を受ける。
リリアーヌを気遣ってか、両親は今日までコレットに婚約者を作ることはなかった。
やっと重い腰を上げたのはコレットの年齢が十八になったからだ。
ミリアクト伯爵家を継げるとあり、今まで結婚の申し出はかなりの数がきていたらしい。
リリアーヌと一緒にいたいがために社交界にもろくに顔を出さない両親は性格や人柄、能力を見ることなく、家柄だけで決めたようだ。
(ディオン・フェリベール、ね。あまりいい噂は聞かないけれど、本当にいいのかしら……)
コレットは社交界に出る回数は激減したが、コレットの事情を知ってもそばにいて協力してくれる友人がいた。
それが侯爵令嬢アレクシアと伯爵令嬢エルザだった。
二人とは初めて出たお茶会で意気投合してからずっと一緒にいる親友だ。
パーティーでは誰にも見られないように、こっそりと手紙を交換して情報をもらっていた。
少しの間だけ人目がないところで喋ることもあったが、それには理由があった。
コレットに仲の良い友人がいると知ったリリアーヌが『羨ましい』と言って、両親が出しゃばり、関係を壊されたことがある。
二人と仲がいいことをリリアーヌや両親に知られなくない。
バレてしまえば迷惑をかけることになる。それだけは避けたいと思っていた。
(またヴァンのように二人と引き離されて、アレクシア様とエルザ様と二度と会えなくなってしまったら耐えられないもの)
コレットはそれが何よりも怖いと思っている。
コレットの状況や環境を理解した上で、友人関係を続けてくれる二人のことを心から信頼していた。
手紙には最近の社交界の様子や注意すべき人物、ゴシップや悪い噂など様々なことが事細かに書かれていた。
それを机の鍵付きの棚に誰にも見られないように保管していた。
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