第4話

コレットが考える間もなく、次に聞こえたのは母の怒号だった。



「リリアーヌの前なのにっ、あなたって子は!少しは気を遣えないのっ!?」


「……っ」


「いいのです。お母様……わたしの体が弱いせいで迷惑をかけてごめんなさいっ」



そう言ってリリアーヌは悲しげに瞼を伏せて小さく震えている。



「リリアーヌが苦しんでいるのに男漁りをしていたなんて信じられないわ……!」


「お前は少しはリリアーヌの気持ちをわかってやったらどうなんだッ!この馬鹿者がッ!」


「ぁ……」



最近、ミリアクト伯爵邸におらず出掛けてばかりいることを家族にこんな風に思われているのだとコレットは初めて知り、驚愕していた。

それと同時にどうしようもない苦しさが込み上げてくる。



「最近はリリアーヌと話もせずに遊んでばかりでコレット、お前というやつは……っ!」


「あなたには本当に呆れたわ!わざわざリリアーヌの前でこんなことを言うなんてっ!あなたには人の心がないのっ!?」


「そんな、つもりは……」



コレットの反論は許さないとばかりに反対の頬に父の容赦ない平手打ちが飛ぶ。

コレットの体は床に叩きつけられるように倒れ込む。

頬を押さえて上半身を起こした瞬間、コレットは衝撃的なものを見てしまう。


(笑って、いるの……?)


リリアーヌの桃色の唇が綺麗に弧を描いていたのだ。

コレットが両親に責められて殴られている様子を見て笑っている。

まるで報復のように思えた。

あれは気のせいなんかじゃない。確かにリリアーヌは笑っていた。

その後に聞こえてくるのは両親がコレットを激しく責め立てる声だった。


ヴァンやパーティーで出会った友人たちのおかげで雲が晴れていたコレットの世界は再び灰色に覆われていく。

両親には数ヶ月もの間、パーティーやお茶会に出るのを禁じられてしまう。

コレットは反抗も反論も許されずに従うしかなかった。


どこにもいけない間、自分の部屋で目立たないように大人しく、ただ静かに過ごす。

そうすれば両親に何も言われることはない。


リリアーヌと同じように過ごすことで、リリアーヌを気遣うことで攻撃されないと気づいたからだ。

従順になったコレットを見て、両親は「当然の行いだ」「やっとリリアーヌの気持ちがわかったのね」と言った。


(わたくしは、この二人の何……?何のためにここにいるの?)


そんな疑問は声に出ることなく消えていく。


リリアーヌが羨む派手なドレスをなるべく着ないようにして、アクセサリーもつけないで、友人も作らない。

何故、コレットがこうしなければならないのか。

その理由すら考えることも面倒になってしまった。


両親に疎まれて、いつの間にか侍女たちや使用人からも嫌われて、どこにも居場所がないと感じるようになる。


コレットはそう思い部屋で一人、本を読み耽る。

物語を読んでいると余計なことを考えなくていい。

それにリリアーヌが読み終わった本をコレットも読めと両親に言われていたからだ。

最近はリリアーヌが読んだ本の感想を聞くことが日課になった。

何故ならコレットは話すことが何もないからだ。


リリアーヌの部屋にも毎日通って、乾いた笑いを浮かべながら、彼女が満足しそうな〝いつもと同じ何もない日常〟の話をする。


次第にリリアーヌの興味がなさそうな難しい本に手を出しては話すようになる。

そうすれば早く解放されることを知ったからだ。


コレットは勉強をして学ぶことで、空虚な気持ちを紛らわしていた。

リリアーヌは相変わらず両親に愛されている。

欲しいものをなんでも手にしているリリアーヌと違って、コレットが強請れるものは何もない。

外出も許されずに、父に言われて領地のことを学びはじめる。

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