第3話

息苦しくもリリアーヌがいるミリアクト伯爵邸を抜け出す時間が増えれば増えるほどにコレットは見えない鎖から解放されるような気がした。


その中でどんな巡り合わせか、とある令息と出会う。


月の光のようなホワイトアッシュの髪にミステリアスなバイオレットの瞳。

質素なシャツにくたびれたズボン。小柄な体と細い手足。

身なりからして平民のようだ。

しかしパーティーにいることを考えたら子爵家か男爵家の令息だろうか。


憂いを帯びた瞳は冷たくてどこか寂しげだった。

その表情が自分と似ていたような気がして、コレットは少年に声かけた。


しかしそれも無視されるか軽くあしらわれてしまう。

コレットは城でパーティーやお茶会が開かれるたびに、その少年の元へ向かって無言の少年とお菓子を食べながら、ずっと話をしていた。

それがいつの間にかコレットの心の拠り所となる。


次第に返事を返してくれるようになり、仲は深まっていく。

コレットはパーティーのテーブルから食べ物を持ってきては少年と食べていた。

少年は絶対に表に出たりしない。会えるのはいつも会場から見えない場所だ。

パーティーで誰も来ない建物の裏で、コレットは山盛りのスイーツを持って少年に食べさせていた。

子どもながらに、その異様な細さが気になっていたのかもしれない。



「はい、ヴァンは細くて小さいからいっぱい食べなくちゃ」


「もういらない。お腹いっぱいだ」


「ダメよ!逞しくなって、いつかわたくしを迎えにきてね」


「……わかった」



その令息の名前は〝ヴァン〟。

少年と仲良くなり、コレットは次第に恋心を寄せるようになった。

だから力になりたいと強く思ったのかもしれない。


コレットはヴァンと話すことが楽しくて嬉しくて仕方なかった。

ヴァンに会いたくて王家主催パーティーやお茶会を楽しみにしていた。



「わたくし、ヴァンのことが大好きよ!」


「……ありがとう。僕もコレットが好きだ」



その言葉にコレットは子どもながらに舞い上がっていた。

ヴァンの前だけでは本当の自分でいられたし、コレットは本音を話して涙を流したこともあった。

リリアーヌと両親の間で揺れ動く気持ちも、ヴァンは自分のことのように理解してくれた。


「僕もコレットと同じだ」


そう言われてコレットは救われたのだ。

ヴァンといる世界は輝いて見えた。

侍女と町に行って雑貨屋で買ったお揃いのおもちゃの指輪をプレゼントしたこともある。

いつも無表情だったヴァンのバイオレットの瞳がキラキラと輝いていたのを今も覚えていた。


この幸せな時間はずっと続くと思っていた。

しかし、あっさりと終わりを迎えることになる。


王家主催のパーティーから帰り、コレットはいつものようにリリアーヌの部屋にいる両親に興奮気味に声をかけた。



「お父様、お母様、紹介したい令息がいて……!王家主催のパーティーで知り合った方なのだけれど」



コレットは興奮と喜びのあまり、リリアーヌがいる場所でヴァンのことを話そうと口を開いてしまった。

そもそもそれが大きな間違いだったのだが、そんなコレットを待ち受けていたのは残酷な宣告だった。


無言で近づいてきた母を見上げていたコレットは突然、頬を叩かれて驚きに目を見張った。

あまりにも突然でコレットは声を出すことすらできないでいた。



「気になる令息ですって!?馬鹿なことを言うのもいい加減になさいッ」


「え……?」



母は顔を歪めてポロポロと涙を流していた。

その意味がわからないままコレットは頬を押さえた。



「お前の婚約者候補はもう何人か見繕ってある。お前は婿を貰ってミリアクト伯爵家を継ぐんだ」



母の後ろで威圧感たっぷりに父が言った言葉を聞いて唖然としていた。

なんとなく自分が伯爵家を継ぐことはわかっていたが婚約者の話など、一度たりともされたことはない。

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