第2話

たまにはわがままを言って甘えたかった。

がんばった分だけ褒めて欲しい。

両親との時間も少しでいいから一緒にいて欲しいと思っていた。


(お父様とお母様は、どうしてわたくしを見てくれないの?)


コレットができないと泣いて喚こうものなら、両親は頬を引っ叩いてこう言った。

コレットには完璧にすることだけを求められていた。

多くのものをこなして、少しの失敗も許されることはない。


『リリアーヌと違って、あなたには時間があるでしょう!?どうしてこんな簡単なこともできないの!?』

『リリアーヌはあんなに苦しんでいるというのに……まったくお前はくだらないことを言いおって!』

『少しはリリアーヌの気持ちを考えたらどうなの!こうやって学べることができるのだから、ありがたいと思いなさいっ』


しかしリリアーヌはその場にいて笑うだけですべてが許される。

何をしなくとも愛されて大切にされている。


(お父様とお母様はわたくしの気持ちを考えたことあるの……?)


そんな心の叫びは声に出ることなく消えていく。


リリアーヌは確かに『可哀想』だった。

部屋から出られずに病で苦しんでいる。

それを口にしてはいけない。羨んではいけないとわかっている。

だけど『羨ましい』と思わずにはいられない。


どうすれば両親にリリアーヌのように愛してもらえるのか。

どうしたら両親にリリアーヌのように褒めてもらえるのか。


コレットの頭にはそのことでいっぱいになっていく。

コレットがどれだけ講師たちに「優秀だ」「素晴らしい」と褒められても両親は当然だと言うだけだった。

一言も褒めてはくれない。

美しい所作を身につけても見向きもされない。

説明できない寂しさや苦しさはコレットの心を次第に蝕んでいく。


そんなコレットには必ずしなければならない日課があった。

それはリリアーヌの前でコレットが今日一日あったことを話すのだ。

幼い頃はリリアーヌに今日あることを話すことが楽しみだったが、次第にこの時間が苦痛で仕方なくなった。

コレットが来ない日はリリアーヌが両親に告げ口をするため、必ず顔を出さなければならない。

そんな複雑な心境のコレットにリリアーヌは無垢な笑顔を向ける。



「ねぇねぇ、コレットお姉様!今日のお話を聞かせてっ」


「あ……うん。何の話をしようかしら」



リリアーヌは笑顔で可愛くて素直でいい子だった。


(両親に愛されるのも当然ね……)


そのことが尚更、コレットの心の柔らかい部分を抉り出す。

泣きそうになりながら、笑顔を張り付けながらコレットはリリアーヌに今日あったことを話し続けた。


そして最後にはこう言うのだ。



「コレットお姉様が羨ましいわ」



その言葉を聞くと、コレットは何も言えなくなった。


(わたくしもリリアーヌが羨ましい……っ!)


それを言ってしまえば、リリアーヌを傷つけてしまう。

そうわかっていたからかもしれない。

リリアーヌの性格が悪ければどんなによかっただろうか。

コレットは見えない鎖で縛られているようだった。


コレットは両親に愛されたくてリリアーヌの真似をしてオリーブ色の髪を伸ばしてみたけれど、両親は「リリアーヌの髪は美しいプラチナブロンドなのにその辺の草の色のようだ」とコレットを否定する。

同じ金色の瞳を向けたとしても、リリアーヌには「どうしたの?」「何かあったの?」と言うのに、コレットには「励みなさい」「まだまだ」という。


その度に、コレットの世界は灰色に染まっていくような気がした。


コレットが十二歳になる頃には社交界デビューを終えて、パーティーやお茶会に多く参加するようになった。

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