16 順風満帆
テーマパークでの慰安旅行を終えた僕達は、翌日からいつも通りの便利屋業務をしながら過ごしていた。
しかし、ある日を境にとんでもない事が起こる。
「とんでもない事になってしまいました……」
便利屋 宝生の事務所内、ティスタ先生は真っ青な顔をしながら呟く。見た事の無い師匠の姿を見て、弟子である僕も戦慄していた。
僕達は、この便利屋が始まって以来のとんでもない事態に直面していた。
「こんな事になっているなんて、僕も予想外でした」
事務所内のパソコンとにらめっこをしながら、僕達は頭を抱える。
先日のテーマパークでティスタ先生が水の魔術を使って女の子を笑顔にしている姿がSNS上で拡散されている事に先程気付いたのだ。
ティスタ先生は「国定魔術師」という立場上、どの場所、どの場合でも自由な魔術の使用が許可されているので法的な問題は一切ない。むしろSNS上ではティスタ先生に対する評価は良いものが大半で、魔術を使う者への評価を改める方向のコメントが多い。
それに加えて先生の綺麗で可愛い容姿がインターネット民のツボを突いたらしくて、特定をしようとする者まで現れた。
その過程で「ティスタ・ラブラドライトという女性魔術師は街の便利屋さんをしている」という情報まで拡散されているようだ。
「うぅ、こ、こんなの……ヤバい……ヤバいですよ……」
「でも、便利屋の名前が知り渡って仕事が増えるのでは?」
「それは大変素晴らしい事なんですが、問題は私自身です」
「……というと?」
「こんなにいっぱい持て囃されたら、私は承認欲求の魔物になってしまいますよぉ!! ぐへへへ!!」
「先生が満更でもなさそうで安心しました」
ティスタ先生は意外にも喜んでいる様子。これをきっかけにインターネットの積極的な利用もする事にしたらしい。
「こうして名前が広まったのなら、それを活かさない手はありません! 先ほど、この便利屋のホームページを作りました! そして、この国に住む魔族や半魔族達の相談窓口の開設も完了です」
「おぉ、本格的ですね!」
「一流の魔術師たるもの、使えるモノは魔術以外でも使うのです。そんな中で産まれる新しい魔術のアイデアもありますからね」
ホームページ開設をしてすぐにSNSを通じて情報拡散。ティスタ先生は魔術以外の使い方も上手い。相談窓口には、日本で暮らす魔族や半魔族達からの相談事が多数投稿されていた。
メッセージへの返信で解決するものもあれば、現地まで言って問題を解決する必要があるものもある。これから忙しくなりそうだ。
開店休業状態だった便利屋 宝生は、千客万来大盛況となった。
……………
それから、魔術の修練と便利屋としての業務を並行しながら充実した日々を送っていた。
所長である千歳さんは、今日もデスクにはいない。自ら現地へと赴いて魔族や半魔族と協力して問題を解決しながら各地を転々としている。
「千歳さん、働きっぱなしですけれど大丈夫でしょうか」
「あぁ、あの人はお仕事大好き、ワーカーホリックですからね。心配はいりませんよ。昔から身体を動かしていないと落ち着かない人なので、むしろ今の状況を嬉しがっていました。空いた時間で観光とかもしているそうですから」
千歳さんが外回りを続ける中、僕とティスタ先生は事務所に残って訪ねてきた魔族や半魔族の相談者の応対を続けていた。
魔族の味方である者達がいると知った魔族や半魔族達は、この便利屋へ殺到してきている。今日も何人かの相談者の悩みを解決に導いてきた。ティスタ先生は魔術だけではなく、たくさんの知識を使って魔族の悩みを解決している。
お客さんが来ない時はパソコンでメッセージへの返信をしつつ、事務所に相談者が来た時は僕がお茶を出して、ティスタ先生が相談に乗る。
「僕、お茶出しくらいしか出来なくて申し訳ないです」
「何を言いますか。今の状況、一番この場に必要なのはキミの存在です。半魔族のキミが魔族のお客様の話を聞いてあげるだけで、彼等は心から安心できるのですよ。同族と話が出来るというのは、とても嬉しいのですから。ヒトと魔族の中間に立つキミだからこそ、この人間の世界に住まう魔族の話を親身になって聞いてあげることができるのです」
「そうですかね……」
「えぇ、自信を持ってください。それにトーヤ君は物腰が柔らかくて聞き上手だから、お客様もとても安心して話をしてくれます。私だけでは、こんなにスムーズに仕事を出来ませんよ」
ティスタ先生は僕にそう言って、頭を撫でてくれた。年上とはいえ、この歳になって女性に撫でられるのは恥ずかしくもあるけれど、先生が相手だと嬉しいと感じてしまう。
「……おや、トーヤ君。そういえば身長が伸びましたか?」
頭を撫でている途中、ティスタ先生は首を傾げながら聞いてくる。
「はい、先日計ってみたら170cmになってました」
「なるほど、成長期ですね。その調子で頑張ってください。魔術も仕事も身体が資本ですよ!」
「はい、先生」
最近のティスタ先生は、何だかとても明るい。
人間だけではなく、魔族と半魔族の依頼者や相談者が増えて便利屋が盛況なのもあるだろうけれど、魔術師である自分が頼られているという事が嬉しいのかもしれない。
お酒を飲むのも仕事後に缶ビールを1~2本程度に減ったようだし、最近はパチンコもしてない、というかしている暇が無い。夜も早めに寝るようになって、顔色も良くなっている。まるで水を得た魚のようだ。
僕も先生との魔術の修練の時間は少し減ったけれど、同時に魔族の相談に乗る先生の言葉から様々な知識を吸収している。ティスタ先生と過ごす時間を1分1秒たりとも無駄にはしていない。
順風満帆。今日の業務も予約していた相談者2人を残すのみ。
今日も平和に終わりそうだと思っていたけれど、まさか本日最後の相談者によってティスタ先生が人生最大のピンチを迎える事になるなんて、この時は思いもしていなかった――。
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