第20話 寝起きの悪い2人
「では明日からお休みです!皆さん、お元気で」
ニーナ先生の言葉を合図に一気に賑やかになる教室内で私はスケジュール表と睨めっこしていた。
最初の3日はハスとカポックとの3人でのミッション。
その後は、2人だったり3人だったりとまちまちだ。
これだけ多くのミッションがあったら長期休みもあっという間に過ぎると予想される。
私は無意識の内に大きなため息が出る。
突然、肩を叩かれ横を向くとそこにはニコニコ笑顔のピアノがいた。
「アザレア様っ!明日からお休みですね!」
あまりの眩しい笑顔に私は胸が痛む。
「そ、そうね」
思わず作った苦笑いにピアノが首を傾げた。
「アザレア様、明日からお休みだというのにあまり元気がないですね?」
「そんなことないわよ」
笑って誤魔化すがピアノにじぃと見つめられ、私は話題を変えることにした。
「ピアノはお休み中はどこかへ行くの?」
私の言葉に待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせるピアノ。分かりやすい。
「はい!お休み中は実家に帰ろうかと思いまして!」
嬉しそうなピアノに、ピアノにとって実家は帰りたい場所であることを思い知らされる。
少し羨ましいなと思ったり。
「そう。それは良かったわね」
「はい!こんなに家族に会えないの初めてだから寂しかったです!」
「ふふっ、存分に楽しんできてちょうだい」
「ありがとうございます!」
お土産買ってきますね〜と言いながらピアノは去っていく。
教室の中ではそれぞれ、休みはどこに行くだ何をするだという話が聞こえてくる。
私は教科書を鞄にしまって椅子を引いた。
「オラッ!」
立ち上がった瞬間、肩に乗る重みに右を向くとハスの顔が近くにある。
「休みの作戦会議すっぞ〜!」
「そうね」
「行こうか」
左を見ると笑みを称えるカポックの姿にとあることを思いつき、静かに口角をあげた。
私はカポックの腕を掴むと自分の肩に載せた。
男二人分の腕はさすがに重い。
当のカポックは細い目を少し開いている。
「このまま、私を持ち上げられる?」
私の言葉にハスとカポックが目を合わせ、ニィと口角を上げた。
瞬間、私の足が床から離れたので咄嗟に2人の肩に腕を回す。
「本当に上がるの!?」
何故か笑いが止まらない私。
2人は調子に乗って教室の中を駆け回る。
「落ちるなよー!」
「ちょっと!?早いわよ!」
「大丈夫。僕らが君を落とさないよ」
「本当に!?信じるわよ!?」
一通り教室を駆け回った2人は廊下に出て、さらにスピードを上げる。
あまりの速さに私は再び笑いが止まらなくなった。
すると、「コラー!廊下を走るなー!」とマリウド先生が鬼の形相で追いかけてくる。
「先生も走ってんじゃん!」
「このまま寮まで逃げようか」
「だな!」
マリウド先生も走っているはずなのに少しずつ小さくなるマリウド先生。
廊下に出ている生徒たちはそんな私たちの様子を遠巻きに見ている。
「お前ら待てー!!!」
そんなマリウド先生の声が響き渡ると同時に校舎から寮へと移り、そのままロイヤル寮へダッシュした。
ハスの部屋の中に入ると2人は脱力して床に座り込んだので私は落ちる前に着地する。
2人は肩を上下に動かして息をしていた。
「やばっ……。マリウドの顔さすがに鬼だった」
「そう、だねっ。久しぶりにこんなに、走ったよ」
汗が滲む2人に対して涼やかな顔で2人を見る私に2人が一斉に注目する。
「そもそも、お前が煽ってこうなったんだからな」
「いや、まさかあそこまでノリノリになるとは思わなかったもの」
「言われたらやるしかないよね」
「そう」
少しだけふざけてみようかと思ったら、まさかふざけることに本気になるとは……。
2人のおふざけぶりを舐めていた。
「ちょ、休憩!」
「同感だね」
2人が床に伸びたので私は立ち上がる。
「じゃあ、私はおすすめの紅茶でも持ってくるわ」
「おー!」
手をひらひらと振るハスを横目に私はハスの部屋を出て自分の部屋へと戻った。
部屋の窓から光が差し込む。鳥の鳴き声は世界が始まる合図だ。
ふと目を開けると、その視界には大きな足の裏が見えた。
私はまたハスの部屋でそのまま寝落ちしたらしい。
そんな当たり前の日常に、もはや動揺は無い。
体を起こして辺りを見渡した。
そこには、私を挟んでひっくり返って寝ているハスとカポックがいた。
私が最初に見たのはハスの足だ。
人の顔の目の前に足を置くなんて失礼しちゃう。
カポックの体を飛び越え、床へと降り立つ。
時計は8時を少し過ぎていた。
未だ寝こけている2人をよそに私は自分の部屋へと戻り、身なりを整える。
魔法高等学校に所属している間は制服を身につけてミッションに赴くのがルールだ。
なぜなら、周りのベテラン魔法族たちに「新人」を瞬時に理解させるためだから。
その方が学生たちが有事の際に周りの魔法族に助けてもらいやすい。
制服を着て髪の毛を整えてハスの部屋へ戻る。
2人は私が居なくなったベッドの上で盛大に寝こけている。
この2人は本当に寝起きが悪い。
私はまずハスの体を揺さぶる。
まだハスの方が寝起きが良いからだ。
「ハス!起きなさい!朝よ!」
「ん〜……」
半分寝ているような状態で口だけ動かすハスの頭を掴み頭を思いっきり左右に揺らす。
「……吐く吐く吐く!!!」
ハスがガバリと起き上がると私の方を睨む。
私はそんなハスに思いっきり笑顔を向けた。
「おはよう」
「おはようじゃねぇよ、殺すぞテメェ」
今度はハスが私の頭を掴み左右に揺らす。
視界が左右に歪み、頭がくらくらしてきた。
「き、気持ち悪い……」
「俺の気持ちが分かったか?あ?」
「すみませんでした……」
「ふんっ」
ハスは私の頭を思いっきり離すと顔を逸らして腕を組む。
ハスの寝起きはいつも機嫌がわるいが、今日は特にだ。
私だって、好きで起きた訳じゃないのに。
私は乱れた髪を手で軽く整え、ため息を吐いた。
この後、さらに寝起きが悪いカポックを起こさねばならない。
私は睨んでくるハスを無視してベッドの反対側に回る。
こんなに騒いでも尚、すやすやと寝息をたてているカポックの睡眠の深さは毎度異常だ。
「カポック、起きて。朝よ」
声をかけるがもちろん反応はない。
肩を掴んで思いっきり揺らすが、少し眉を動かしただけで起きる気配がない。
カポックの頭を揺らせば、さっきのハス以上の吐き気が私を襲うだろう。それは嫌だ。
こうなったら……。
私は拳を作り、カポックのお腹に向けて拳を振り下ろした。
パシッという音と共に私はカポックの手に拳を掴まれた。
私は恐る恐るカポックの顔の方向を振り向くと寝起きで死ぬほど機嫌が悪いカポックが私を思いっきり睨んでいる。
そんなカポックを視界に捉えた瞬間走る寒気。
拳を元に戻そうとするが、カポックに掴まれた拳はビクともしない。
カポックは私の拳を掴んだ手を思いっきり引き、私の体をベッドへと引き上げる。
もう片方の手で私の肩を掴むと、途端に反転する視点。
目の前には天井と鋭く睨むカポックの顔がある。
「アザレア、君には前々から言おうと思っていたことがあるんだけど」
両肩を押さえつけられ、身動きが取れないため諦めてカポックの話を聞くことにした。
「なに?」
「君の起こし方には芸がない。もっと可愛く起こしてくれ」
この男は何を言っているんだ?と頭の中で思いっきり疑問が浮かぶ。
確かに、私の今までの起こし方は水をかけたり、布団を剥いだり、チェスの駒を鼻の穴に入れてみたりとほとんど嫌がらせのようなことをしてきた自覚はある。
半分は面白半分だが、もう半分は……いや、3割くらいは何をしてもカポックが起きないからであって私だってしたくてしてるわけじゃない。
「可愛くって例えば?」
「う〜ん、そうだねぇ」
カポックは私の肩を離して体を起こすとそのまま私の体の上に体重をかける。重いんですけど。
「思いっきり抱きしめるとか?」
カポックの意味がわからない発言に私は瞳を細めた。
多分この男は、寝起きで頭が働いていないため、戯言を発しているのだろう。
「おはようのキスとか?」
「カポックに初めて言うけれど、しばくわよ」
考えるより先に暴言を口走ってしまう自分に自分で驚いた。
普段こういうことを言うのはハスに対してだけである。
「起きたなら退いて」
私は体を起こすとカポックの体を思いっきり押す。
が、単純な力だけではカポックには歯が立たず、カポックはそのまま私の足の上に座り続けている。
カポックを下から睨むとカポックは微笑みながら私の眉間に指を当てた。
「そんなに睨んだら可愛い顔が台無しだよ?」
寝起きの情緒が安定しないカポックに目の端がピクリと動く。この人本当にしばこうかしら。
カポックを睨み続けているとカポックは思いっきり欠伸をする。
「もう少し寝ようかな」
「ダメよ。もうすぐギルドに行かないと」
ミッションは魔法省指定の場合でも、自ら受注する場合も、ギルドから出発する。
そこで、ミッションの説明や物資を補充されるからだ。
本日のミッションは9時30分にギルドに集合との通達があった。
あと1時間もないため、寝る暇は無い。
ギルドは寮から30分はかかる魔法省庁の中にある。
私としてはそろそろ寮を出ておきたい。
そんなことを知ってか知らずかカポックの目はうつろうつろしている。
だから、昨日早く寝なさいって言ったのに。
カポックは船を漕ぎ始め、私がカポックの肩を掴むと途端にカポックの重力が私の方へ伸し掛る。
筋肉量が凄まじいカポックはかなり重く、その重さに負けて私は再びベッドへ沈み込んだ。
私の顔の横ですーすーと寝ているカポック。
巨体が上に乗っているため、私が自力でカポックという重しから抜け出すことは不可能だ。
「ちょっと!ハス!」
声をかけるが反応がない。
先程までハスがいた所に目をやるとそこにハスの姿はなかった。
どこに行ったかと今見える範囲を最大限見渡すが、ハスはどこにもいなかった。
どうしたものかと思っていたら、扉の向こうから微かに聞こえる水音。
そうだ、ハスは朝にもシャワーを浴びるタイプだった。
「最悪……」
カポックの暖かい体温に私も次第に瞼が重くなる。
ここで寝てはダメだと思えば思うほど、抵抗する力が無くなり、私は意識を手放した。
シャワーを浴び終わり、髪をタオルで拭きながら部屋に戻ったハス。
カポックとアザレアの姿が見当たらず、部屋を見渡すが、その視界には誰もいない。
ハスが首を傾げながらベッドに近づくと、そこにはカポックがうつ伏せに寝ている姿があるのを目にする。
さらに、目を細めてその姿を見ると、カポックの下にはアザレアが組み敷かれており、先程まで起きていたアザレアも寝息をたてている。
「マジで何やってんのコイツら」
ハスはカポックの頭を掴み、アザレアにやられたように頭を思いっきり揺らした。
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