第17話 友達の好きな人

話疲れて寝静まった室内で、ただ一人私は寝れないでいた。

慣れないことをしたからか、思い出したからか、原因はわからないが妙に目が冴えていた。


私は、気分を替えようと布団から這い出て、24時間開いている校内の売店へ足を進めた。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

さすがにこの時間はだれも起きていないのか暗くて静かな廊下。

その中で煌々と光る売店で、あったかいココアを買うと近くのベンチに腰かけた。


「ふぅ」


ココアを飲んで一息ついて、背もたれに体重を預ける。

廊下の窓から外を見るとそこは闇で、月明りだけが頼りとなっていた。


しばらく外をぼーっと眺めていると、その目の前いっぱいに顔が広がる。


私は突然のことに心臓が跳ねた。


「隣、いいスか?」


その特徴的なしゃべり方─ピアノの想い人であるヘンゲル・ミシュタインだった。


─なんであなたがここにいるのよ。


私は少し躊躇いながらも横に手を翳した。


「どうぞ」


ベンチの真ん中から端に寄る。


「あざーす!」


ヘンゲルは私の隣にドカッと腰かけた。


せっかく空けたスペースもないことにされ、かなり距離も近いためかベンゲルが背もたれに腕を乗せると私の肩にヘンゲルの手が少し当たった。


─……なんなのよ。


私は手が当たらないように腰を立てた。


「アザレア様、こんな夜中に何してるんスか?」


なんて答えようか迷ったが、このは素直に答えることにした。


「……少し寝れなくって」


「へぇ~……」


それ以降、会話が続かなくなり、その空気に耐えられず私はココアを一口飲んだ。


ベンゲルは売店に行く様子もなく、ただただ私の隣に座っている。


─この人こそ、こんな夜中に一体何をしに来たの?


横目でチラッとヘンゲルを見る。


ベンゲルはただベンチに座り、天井を見上げていたが、私の視線に気づいたのか、視線を絡ませてくるので私は目線を逸らした。


嫌な汗が背中を伝う。


「……ヘンゲルくんは何をしにここへ?」


「あぁ~ちょっとね……」


煮え切らない返事に私はどうすればいいのか分からず、唇を固く閉じた。


─いい加減気まずいわ。


さっさとココアを飲み干してしまおうと、唇を開いた。

すると、ココアがヘンゲルの手によってすっと取り上げられた。


ココアを視線で追うが、近くに気配を感じそちらへ視線を移すと目の前で不敵に笑うヘンゲルが私の顎をすっと掬った。


強制的に合わせられる視線に私は眉を顰める。


「アザレア様、俺たちつきあわない?」


訳が分からない言葉に私は一瞬目を見開いたが、すぐ元に戻った。


「何故?」


「そんな怖い顔しないでよ」


ヘンゲルは親指で私の唇をそっとなぞる。


途端に背中を虫酸が走った。


いやに低く艶っぽい声は、先程までの軽い調子のヘンゲルとはまるで違う。


私は密かに拳を作った。


ヘンゲルは私の顎から首に手を動かして、私の頭をぐいっと寄せる。


その動き方もいちいち気持ち悪く、鳥肌が止まらない。


ヘンゲルの肩を目の前に、ヘンゲルは私の耳へ唇を近づけた。


「アザレア様って結構モテてるんだよ?そんなアザレア様と付き合ったら、男どもの羨望の眼差しを浴びれる。それって、最高じゃない?」


─……最低ね。


ゲスな発言に思わず顔が歪み唇を強く噛み締めた。


脳裏には楽しそうにヘンゲルのことを話していたピアノの顔が浮かぶ。


ピアノが語っていたヘンゲルとは思えない発言に私はヘンゲルの肩を掴むとベンチに押し付けた。


ヘンゲルの持っていたココアが床に飛び散る。


「アザレア様、積極的だね」


ニィッと口角を上げたヘンゲルに私はヘンゲルの頭の横に拳を叩きつける。


「……今の発言、聞かなかったことにしてあげるわ」


もし、ヘンゲルがピアノの想い人でなければ、一発殴ってやったところだが、ピアノに免じて私はなかったことにすることに決めた。


私は部屋に戻るため体を起こそうと腕に力を入れる。


だが、その腕をヘンゲルが掴み一気に形勢逆転。


今度は私がヘンゲルを見上げる形となった。


私の体の上に乗ったヘンゲルは一度体を起こし、前髪を搔き上げる。


「とりま、既成事実作るか」


独り言のように呟き、不敵に笑ったヘンゲルは私の耳を触り、ゆっくりと顔を近づけてくるが、私は腕を伸ばしてヘンゲルの背中に手をまわし、ヘンゲルを抱き寄せた。


密着したことでベンゲルの背中に腕が回ったので、そのままヘンゲルの腰を掴み、そして思いっきり床に叩きつける。


「ぐはっ」


ヘンゲルの体が弓なりに逸れると、口から唾が飛ぶ。


私はゆっくり立ち上がるとヘンゲルのお腹を足で強く押し潰す。


再びヘンゲルから呻き声が漏れ、うっすらと目を開けた。


腰を曲げてヘンゲルの襟元を掴むと、ヘンゲルの顔が恐怖に歪む。


「私が何故3級魔法族なのか、教えて差し上げましょうか?それはね、魔法だけでなく体術にも優れているからよ」


私はヘンゲルを冷たく見下ろして、顔をぐっと近づけた。


「あんまり私を舐めないで」


私はヘンゲルの顔に拳を一発いれると、彼は廊下の奥へ吹っ飛ばされる。

死にはしないだろうが、気は失っているだろう。


私は床に零れているココアを一瞥する。


「あ~あ、ココアがもったいなかったわね」


軽いストレッチをすると、治まらないイライラをボソボソと口に出しながら女子部屋へと戻った。





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僕は夜中に目が覚めた。


眠れないので売店に飲み物でも買いに行こうと布団から出て、そーっと扉を開けた。

途端、すーっと冷たい風が吹く。

僕は腕を擦りながら廊下を歩き始めた。


暗闇に慣れない瞳は段々と慣れ、校内の様子が分かってくる。

人気もなく、静かな学校はどこか不気味さすら覚えた。


すると、売店近くのベンチに人が居るように見える。

目を懲らすとそこにはアザレアともう1人男子が居た。


恐らく、うちのクラスの奴だが名前はよく知らない。


その男はアザレアの顎を掬い、アザレアの耳へ顔を近づけた。


「は?」


友人のそういう場面に目を逸らさなければならないと思えば思うほど、アザレアに釘付けになる。


2人は何か話しているようだが、こちらからは何も聞こえなかった。


僕は、咄嗟に近くの教室に身を隠し、扉を開けこっそりと2人の様子を窺う。


すると、アザレアがその男をベンチに押し倒した。

アザレアのクルクルの髪がその男にかかる。


売店の明かりで輝くその髪から目を逸らせない。


次に、男がアザレアのことをベンチに押し倒した。


こんなところで事を運ぶなんてアザレアも大したものだなとかアザレアに彼氏いたのかなんて妙に冷えた頭で考える。


アザレアが男に抱きつき、いよいよかと言う時その男が急に床に落ちる。


───否、叩きつけられた。


アザレアは冷たい目で男を見下ろした後、男のお腹を思いっきり蹴りつける。


そして、男の襟元を掴んだ後思いっきり男の頭部を殴り、男を吹っ飛ばした。


「あ~あ、ココアもったいなかったわね」


そんなアザレアの声だけは綺麗に聞こえ、何事も無かったかのように軽く伸びた後、アザレアがこちらへ向かってくる。


僕は咄嗟に頭を引っ込め、身を潜めた。


アザレアが近づくにつれ、アザレアが何かを言っているのが聞こえ、僕は悪いと思いながらも聞き耳を立てた。


「私を襲うなんて100年早いわよクソ雑魚。あんな奴に無駄に体力使ってしまったわ、本当時間の無駄ね最悪。今度私に近づいてきたら燃やしちゃうかもなーだから私に近づかないでねーはぁーやってられないわ」


アザレアの言葉に僕は腹の底が煮えたぎるのを感じる。


─アザレアを襲った?あの男が?だから、アザレアからボコられてたのか。


───ということは……。


僕はアザレアが通り過ぎた後、頭を出して倒れてる男を睨む。


あれはアザレアの彼氏ではない。


その事実に無意識の内に口角が上がるが、友人が襲われたというのにこんな感情を持ってはいけないと首を振って、感情を外に出す。


再度、その男の方へ目を向けるがその男はピクリとも動かない。


扉が閉じる音が聞こえ、アザレアの姿が見えないことを確認した僕はその教室から出て、男の元へ向かう。


しゃがみこみ首に手を当てるが、脈はあるため生きていることは確定した。


僕は通り過ぎて売店へ入ろうとしたが、ふと男を振り返る。


─さすがにここまで返り討ちにされて、もうアザレアには近づかないと思うが、念の為……。


僕は再び男の近くでしゃがみこみ、頭に手を当てた。


「ヒール」


僕の言葉で男の全身に僕の魔力が駆け巡る。


すると、その男が目をゆっくりと開けた。


「……カポック?」


「やぁ」


僕が微笑むとひぃと小さく悲鳴をあげる男。


彼の襟元を掴み、彼の耳に近づいた。


「今度アザレアに手を出したら、その時は分かっているだろうね?」


僕が凄むと男の体がぶるっと震えた。


乱暴に彼の襟元を離して「じゃ」と言いながら、僕はその場を立ち去る。


「ま、僕が殺る必要はないと思うけどね」


部屋着のポケットに手を突っ込みながら男子部屋へと戻った。

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