第15話 宣誓
辺りがすっかり帳に包まれた頃、篝火を囲んだ魔法族宣誓の時間になった。
闇夜で揺れる炎は全員の視線を集める。
ふと空を見上げると満点の星がキラキラと輝いており、その一つ一つを目で追った。
あの中に私の大切な人たちもいるんだろうかなんて、感傷に浸ってしまう。
私がなぜそう思ったかというと死者の魂はやがて空へ還り、星となって見守るとムーントピア王国ではそう言い伝えられているからだ。
だけど、生者からすれば空になんか行かず、遠くになんて行かず、近くで傍でただ一緒に居てくれるだけで良いのに。
─……なんて、長生きできないであろう道に身を沈める私からは言われたくないだろうけど。
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みんなが次々と魔法族になることへの宣誓を発表していく声が私の耳には入ってこなかった。
私の中では炎が燃える音だけがぱちぱちと鳴る。
脳裏には、かつて私に魔力操作を教えてくれた教師兼私のフットマン、そして……私の初恋だったパウルの姿が浮かぶ。
丁度、彼は今の私の歳の頃、私の付き人となった。
優しく丁寧に教えてくれ、強くてかっこよかった彼に私が惹かれる日はそう遠くはなかった。
─だけれど……。
彼は私と一緒にミッションに出向いた際、突如現れた中級の魔物に殺された。
───それも私を庇って。
私の目の前で死んだ彼は、最期まで私の身を案じてくれていた。
今でもその綺麗な顔が焼き付いて離れない。
そのおかげか、私はもう一つの属性である風の魔力が発現し、パウルを殺した魔物をその場で倒した。
私がもう少し早く覚醒していればと罪悪感に苛まれる日は多く、その出来事がさらに強さへのモチベーションにも繋がった。
全員を助けることはできないが、せめて私が知っている人は助けたい。
───もう二度と誰も失いたくない。
これが私の魔法族としての原動力だ。
そして、私は二度と恋をしないと誓った。
「……アザレア?」
隣に座っているカポックが私の顔を覗く。
炎に照らされたカポックの顔はやけに大人びており、ほんの少しだけパウルと被った。
─そういえば、パウルの瞳も翡翠色の瞳をしていたっけ。
「ん?」
私は自分の膝を抱えカポックを見つめ返す。
すると、カポックが私に手を伸ばしてきて私の頬を包み、太く長い親指で私の目の下を撫でた。
カポックは眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべている。
「大丈夫かい?」
カポックの言っている意味が分からず、私は小さく首を傾げた。
「なにが?」
「……いや、大丈夫ならいいんだ」
カポックがゆっくりと私の頬から手を離す。
その時、カポックの指先が炎に照らされてキラリと光った。
私は自分の頬に手を当てると頬が微かに湿っていた。
「あれ……?」
私は両手で頬を撫で、水滴を拭う。
自分でも泣いているとは思わず、とにかく周りにバレないように私は両手で顔を包んだ。
「おいで」
急に引っ張られ、何かに包まれた。
後頭部を抑えられたあと、頭と腰を引き寄せられる。
「落ち着くまでこの状態で構わない」
すぐ近くに聞こえるカポックの声で、私はカポックに抱きしめられたと理解した。
その暖かい体温が妙に心地よく、私の凍った体を解していく。
自分でも分からないが、また泣きそうになるのを必死にこらえ、カポックの胸を借り呼吸を整える。
カポックが背中を擦ってくれるのがまた心地よかった。
「……アザレアさん?」
ニーナ先生の声が聞こえる。
途端に背中に突き刺さる視線。
カポックから離れようと腕に力を入れるが、カポックの腕により再度引き戻された。
「すみません、ニーナ先生。アザレア、少し体調が悪いみたいで」
耳元で「ね?」というカポックの声が聞こえ、私は小さく頷いた。
「あら、そうなの?医務室行く?」
「いえ、少し休めば大丈夫だそうです」
「そう?無理だけはしないでね」
ニーナ先生の声が遠のき、再度発表が始まる。
「カポック、ありがとう」
「気にすることはない。困ったときはお互い様だからね」
カポックの落ち着いた声が脳裏に響いた後、それが体を駆け巡り、過去の悲しい記憶が段々消えていく。
私は思わずカポックの背中に手をまわした。
カポックの体が少しだけ揺れる。
ガタイが良いカポックの背中の後ろでは私の手が届くことはない。
私はふーっと息を吐くと腕に力を入れてカポックのぬくもりを手放す。
そして、顔を上げてカポックの瞳を見つめる。
「もう大丈夫よ」
「そう?なら、良かった」
「顔、ヘンじゃない?」
「うん、いつも通り可愛いよ」
私の頭を撫でるカポックの腕を私はさっと絡めとる。
「もう!本当にあなたって人は!」
「ハハッ、元気になって良かったよ」
カポックの爽やかな笑顔に一瞬心臓がドクッとなるが、私は自分の位置に戻り膝を抱えた。
「……ありがと」
カポックを視線に入れずにお礼を言うのは失礼なのは十分わかっているが、それでも何故だがカポックを見れないでいた。
カポックは喉を鳴らして笑う。
「いいよ」
カポックの笑い声に益々顔を見れなくなり、口を尖らせる。
すると、カポックの向こうに座っていたハスがカポックの影から顔を出し、ニヤニヤとしている。
「腹でも壊した?」
「ぶっ飛ばすわよ」
「えぇ⁉」
「今のはハスが悪い」
「俺⁉なんで⁉」
ハスとカポックが軽めの言い争いを始め、ニーナ先生に叱られている。
私はそれを尻目で見てふふっと笑った。
「とにかく、次はハスさんの番ですよ。早く発表してください」
ニーナ先生は腕を組む。
ハスはテキトーな返事と共に立ち上がった。
「えーっと、宣誓?まぁ、とにかく魔物をぶっ倒す。そんだけ」
ハスが座るとまたニーナ先生は「ちゃんとしなさい」と怒り始める。
当の本人は「うるせー」と言いながら耳を塞いでおり、明らかにニーナ先生を舐めている。
カポックはそんな2人を無視して、立ち上がった。
「宣誓!僕は、弱き者を助け続ける魔法族になります」
カポックの言葉に生徒たちは拍手を送る。
そのことで、ニーナ先生はハスへの説教をやめた。
─次は私の番ね。
ゆっくりと立ち上がり、片腕をあげる。
「宣誓!私は、私の周りの人を必ず助ける魔法族になります」
これは私が昔決めた魔法族としての誓いだ。
私が座るとその場は拍手に包まれた。
空を見上げ、私は一番輝く星に向かって手を伸ばした。
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