第14話 ほぼお母さん
魔物討伐戦はハスとカポックが所属する6班の優勝に終わった。
6班には、BBQの際のお肉がグレードアップするという褒美が与えられていた。
現在、班ごとに分かれ野菜やお肉を切ったりとBBQの下準備が行われている。
私はニーナ先生と共にその様子を眺めていた。
それぞれが和気藹々と準備しており、こうしてみるとまるで戦いとは無縁のように思える。
「アザレアさん、本当にお疲れ様」
「ありがとうございます」
BBQまでくると私の仕事はここで終わり。
残すは篝火を囲みながらの魔法族宣誓の時間だ。
指導も見回りも私がするようなことはもうない。
もう一度クラスメイトに視線を移す。
その光景がなんだか遠い世界のものような感覚に陥る。
魔法高等学校入学前まで、同年代と一緒に何かを成すようなことはしてこなかったからか、目の前にあるものが作り物のようだ。
「……ごめんなさいね、本来は生徒にこんなこと頼まないんだけど」
私は静かに首を横に振った。
─ニーナ先生が謝ることではないのだけれど。
ここ数年、魔物が増え強くなってきているのは事実だし、高クラスの魔法族は低クラスに比べると数少ない。
その分、少ない人数でミッションを回さなければならない。
高クラスの魔物の出現が多く報告される中、3級以上を保持する先生方が出動することは致し方ないことだ。
「いえ、人に指導することで私も勉強になりましたし」
「それなら良いんだけどね」
─実際、勉強になったのは本当のことだし。
今まで曖昧だったクラスメイトの名前と顔も一致したし、様々な魔法があることも実感した。
ただ、慣れないことをしたせいか度々昔のことを思い出し、少し悶々としているだけだ。
「さぁ、あなたも後は楽しんでらっしゃい」
ニーナ先生に背中を押され、私は一礼するとピアノの方へ駆け寄った。
「ピアノ!何か手伝うことある?」
私はピアノの背中に声をかけると、「ひゃあ!」という声と共に大袈裟に驚かれた。
─なぜ?
「ア、アザレア様っ!?驚かせないでくださいっ!」
「ごめんなさい?」
よく見るとピアノの手には包丁が握られていた。
テーブルの上には輪切りにされた玉ねぎが転がっている。
─なるほど、確かにこれは軽率に声を掛けた私が悪いわね……。
「あ、えっと、あの……じゃあ、にんじんを切ってくれるとありがたいです」
気まずそうに頼んでくるピアノに私はドンと胸を叩いた。
「任せてっ!」
私は料理という料理をしたことがない。
それこそ、好きで紅茶くらいは淹れたことはあるが。
─まぁ、なんとかなるでしょう!
私はピアノの隣に並ぶと、同じように置いてある板の上ににんじんを乗せる。
包丁を握り、それを振り上げ思いっきりにんじんに向かって刃を落とした。
刹那、バギッとおおよそにんじんからは聞こえないような音が聞こえ、隣のピアノがぎょっとした顔でこちらを見ている。
手元をよく見るとにんじんは真っ二つに割れているものの、その下の板まで真っ二つに割れていた。
「ア、ア、アザレア様っ!?なにをしているんですか!?」
「なにって……。にんじんを切ろうと……」
「なんでまな板まで割れてるんですか!?」
ピアノの言葉に私は先程と同じように包丁を構え、振り下ろす動作をした。
「こうしたら割れました」
「……アザレア様、もしかして包丁使うの初めてですか?」
目を細めるピアノに私はこくりと頷いた。
料理するのは危ないと周りの大人に止められていたからしょうがない。
ピアノは口を開けて固まった後、BBQの網の方を指さした。
「アザレア様は火を見ていてください」
「え、でも……」
「ここはいいですから!」
半ば強引に私のにんじんと包丁を奪い取ったピアノに私は渋々火の方へと向かう。
すると、隣の網の近くでボーッとしているハスの姿を発見した。
なんとなくハスの置かれている状況に仮説を立てながら近づく。
「ハス!」
私が声かけると、口を尖らせて完全に不貞腐れているハスがゆっくりとこちらを向いた。
ズボンのポッケに手を突っ込んで腰を曲げているその姿が輩そのものである。
「あ?なんだよアザレア」
ハスのその様子から先程立てた仮説が真実味を帯びてくる。
─恐らく……。
「多分、私もあなたと同じよ」
「あ?」
眉尻を下げたと思ったら、眉も瞳も上がり私を指さした。
「もしかして、お前も?」
ハスは私がやったような包丁を振り下ろす動作をしたので、思わず吹き出した。
「そう、私もよ」
私が立てた仮説、それはハスも包丁を握ったことがなく、やり方を間違えて火の番に回されただった。
育った環境が似ているため、そうだろうと予想していたが、それが当たりなんとも言えない気持ちになる。
「やっぱり?もしかして、板ごと割った?」
「えぇ、板ごと割ったわ」
「やべぇ、まさかの仲間発見なんだけど」
無駄に力を込めてしまい、道具を破壊するところまで一緒だとはさすがに思わなかった。
私とハスはイェーイと言いながらハイタッチする。
─全くイェーイと言う状況ではないけれど、仲間がいるとちょっと嬉しいものね。
「こら、ハス!アザレア!少しは反省しなさい」
包丁を握ったカポックが少し遠くから私たちに声をかける。
なんでこの状況を把握しているのか分からない。
私とハスが火の番に回されて、ハイタッチしている様子からおおよその出来事を把握したのだろう。
─お母さんは恐ろしいわね……。
「「はぁ〜い」」
2人で気の抜けた返事をすると、カポックはまったくと言いながらため息をついた。
私たちを叱るだけあるカポックの包丁捌きは円滑で丁寧だ。
「カポックって、逆に何ができないのかしら?」
私が知る限り、カポックはほとんどのことを人並み以上にこなす。
そのため、弱点みたいなものがないような気がするのだ。
─なんだか、少し癪よね……。
「あー……なんだろうな」
顎に手を当て考え込むハス。
そう、あの自分至上主義のハスですらカポックのできないことが思い浮かばないくらいカポックは何でもできるのだ。
私もカポックを見ながらできないことを考える。
今も穏やかに班のメンバーとコミュニケーションをとっている。
─カポックができないこと……。
じぃーとカポックを見つめていたせいか、カポックが私の視線に気づき目を合わせて首を傾げる。
私はそのまま見つめ続けるが、カポックはその胡散臭い笑みを絶やさない。
「もうさ……」
ハスが声を出したので私はハスの方を向く。
「首を長くするとか腕を伸ばすとかそんなもんしかないだろ」
ハスの言葉を額面通りに想像し、私は吹き出した。
「いや、それは私達もできないわよ」
「でも、もうそれくらいしかなくね?人類ができないことはできないだろ」
「首が長いカポックとか、想像したらおもしろすぎるわね」
今度はハスが吹き出した。
2人してありえないカポックの姿を想像し、お腹を抑える。
「それなら、俺より身長高くなるな」
「ちょっと!?そういう具体的なこと言わないでくれるかしら!?」
よりリアルに想像し、息ができなくなって涙が零れそうだ。
そんなカポックはもう化け物であり、もはやカポックではない。
すると、首の後ろを引っ張られ、笑った際に曲げていた腰がぐっと伸びる。
途端に背後から負のオーラを感じ、途端に笑いが引っ込んだ。
「君たちさ、何してるのかな?」
カポックの静かな声に私とハスはゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、笑顔の圧を出すカポックの顔があった。
背中につーと冷や汗が伝う。
「よく分からないんだけど、とにかく僕をおもちゃにして笑っていたことだけは伝わったよ?2人とも来なさい」
私とハスはカポックに後ろ首を掴まれたまま、引きずられる。
「カポックママ!やめてよ!」
「カポックママ!離して〜!」
「2人には教育が必要みたいだね」
私たちは炊事場から離れ、そのまま森の中へと吸い込まれ、カポックからのありがたい説法が始まった。
カポックからの説教が終わると、ハスは6班へ私はピアノの班へと戻ってBBQを楽しんだ。
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