第12話 この関係性
「なにあれ?」
お昼のピクニックでは、各班に配られたサンドウィッチなどを食べることになった。
班ごとに敷布を引いて、サンドウィッチを食べているのだが、先程からハスが膝に肘をついて、立てた足をトントンとリズムを刻ませている。
ハスの視線の先にはアザレアがクラスメイトに囲まれている姿があった。
どうも、先程の課題でアザレアに教えてもらった生徒たちがアザレアに信頼を寄せたようで、アザレアがどこの班でサンドウィッチを食べるか揉めているらしい。
「まぁまぁ、ハス落ち着いて」
無性にイライラしているハスを宥めようと背中を擦ったが、「触んな」と八つ当たりをしてくる。
僕もさすがに青筋が浮かんだ。
最初はまだ良かった。
ハスが女の子たちに魔力操作を褒められ、良い気になっていたからだ。
ただ、アザレアが各班に引っ張りだこになりはじめてから、明らかにハスの機嫌が悪い。
そのおかげで、僕以外は触らぬ神に祟りなしといった感じで、ハスに絡まない。
───僕は、時々彼のことが分からなくなる。
今の状況もアザレアに対し嫉妬に近いものを感じるが、それこそ同じ班の女の子を口説いたりしていたことから、アザレアに恋愛感情はないのだろう。
では、例えば自分が仲良くしている友達が取られるのが嫌だからこれ程までに敵意剝き出しになっているのだとする。
─だとしても、だ。
そこまで感情的になる必要があるのだろうか?
何故、ここまでになっているのか皆目見当がつかない。
僕はアザレアに自発的にこちらに来てくれないかと視線を送るが、人に囲まれ苦笑いを浮かべるアザレアには届かない。
このままだとハスがなにかをやらかしそうで、何か手立てはないかと思案するが、アザレアがこの班にくる以外の選択肢が見当たらない。
─どうしたものか。
「なんだよアイツ。ヘラヘラしやがって、気色わりぃ」
アザレアに対して不満が止まらないハスに僕は息を吐いた。
もう放っておこうとしたとき、班の女の子が果敢に声をかける。
「ハス様?アザレア様ではなく、私を見て?」
今ハスに話しかけた女の子は、どうやらハスに気があるらしい。
最初からハスに対してラブ光線を送っており、ハスもまたそれにいい気になっていた。
にもかかわらずハスは「はぁ?」と睨みを利かせ、女の子を怖がらせた。
その子は小さく「ひっ」と言った後、もう一人の子に抱きついていた。
さすがに良くないと僕はハスに話しかける。
「ハス、いい加減にしないか」
「あ?」
僕にも思いっきり鋭い視線を向けるが、僕はこの視線にはもう慣れている。
特に臆することなく、言葉を続ける。
「君は何に対してそんなにイライラしている?」
「アザレアが気色わりぃからだよ」
「なら、アザレアから目を逸らせばいい。嫌なものをわざわざ見る必要はないだろう」
いつも憎いくらいに上向いているハスの睫毛がより上がる。
僕はハスの追撃に備えた。
「俺は友達として、気持ち悪い顔見せるなっつってんだよ」
「なら、それを直接アザレアに伝えてきたらどうだい?」
ハスは一瞬の間のあと舌打ちする。
恐らく、それはハスのプライドが許さないだろう。
「それに、ハスが思っていることは本当にそれだけかい?」
「……何が言いたい?」
穴が開きそうなくらい僕の顔を見つめるハスの首元を掴んだ。
「君、ただアザレアが取られそうで嫌なだけなんじゃないか?」
「……なワケねぇだろ!」
ハスが僕の首元を掴み返してくるが、もうここまで言った以上、僕も後に引くわけにはいかない。
「だったら、イライラするな。君の機嫌で周りをコントロールするな!迷惑だ!」
これはハスの協調性を磨くための合宿でもある。
ここで、あえてハスが言われたくないことを言うことも僕の役割だ。
ハスは頭に血が上ったのか、拳を振り上げた。
僕は目を瞑るが、一向に拳が下りてこない。
ゆっくりと目を開けると、ハスの手首を掴んでいる細くて白い手があった。
その腕の主を辿るとアザレアが真顔で立っていた。
「ハス、何してるの?」
当の本人の登場に目を丸くするハス。
僕の首元を掴む手の力が緩んだので、僕はハスを剥がした。
アザレアはため息を吐くと腰に両手を当てる。
「もうあなたって人は、こんな時にまで喧嘩しないの!」
いつものお母さん口調なのは、僕とハスのやり取りを聞いていないのか、ただのいつもの喧嘩だと思っているようだ。
─まぁ、それもあながち間違いではないけどね。
ハスは思いっきり舌打ちをした。
「こっちに来るなよ!どっか行け!」
ハスの反抗期のような態度に僕もさすがに呆れた。
─さっきまでアザレアに来て欲しがっていたのは君だろう。
いつもならここでアザレアも言い返すところだが、今日のアザレアは機嫌が良いのかなんなのか、僕たちの間に座った。
まさかの行動に面食らった僕たちだったが、それにハスがいち早く反応した。
「いや、どっか行けって言ったんだけど」
さすがのハスも静かに突っ込みを入れる。
アザレアは逆にその言葉に目を見開いた。
「え?私の分のサンドウィッチ、6班にあるって聞いたのだけど?」
違うの?とハスの顔を覗き込むアザレアに僕はバケットの中を改めて確認した。
1人2つと聞いていたサンドウィッチにして数が多い。
僕は、サンドウィッチを1つアザレアに差し出した。
「確かに、君の分もここにあるみたいだよ」
アザレアはサンドウィッチを受け取るとお礼を言ってそれをパクリと小さな口に押し込んだ。
「ん~美味しい」
アザレアの呑気な行動に口を開けてボーっとしているハス。
僕はハスの代わりにアザレアに話しかけた。
「アザレア、ここに居て良かったのかい?」
僕の質問に首を傾げたアザレアだったが、すぐにあ~と唸った。
「というか、元々ここで食べるつもりだったのよ?だから、ニーナ先生に頼んで6班に私の分を入れてもらえるように頼んだのだけれど」
ダメだったかしら?と再び首を傾げるアザレアからハスが顔を逸らした。
耳が少し赤くなっていることから、僕はふっと笑う。
「いや、むしろ来てくれて良かったよ」
「あなたたちが喧嘩してもすぐ止められるようにしないとね」
アザレアはそう言うと僕たち以外の班の子に話しかけ始めた。
僕は前傾になっているアザレアの後ろに体を寄せ、ハスの背中を擦る。
「良かったね、ハス」
「……うるせー」
ハスは照れくさそうに僕の腹に軽く拳を入れた。
─まったく、世話が焼けるよハスは。
───でも……。
僕は拗ねながらサンドウィッチを口に運び始めるハスと楽しそうにクラスメイトと話しているアザレアに目を向けた。
─僕もこんな関係性が嫌いじゃない。
「お前も何ニヤついてんの?」
「うるさいな」
今度は逆に僕がハスのお腹に拳を入れる。
それからは、何事もなく平和な食事タイムを過ごした。
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