第3節 青の鍛錬

第10話 強化合宿スタート


あっという間に月日は過ぎ、強化合宿の日となった。


あれから、休み前は3人でハスの部屋に集まり、ゲームをしたり話したりして夜を明かし、翌日はお昼まで寝るということを繰り返した。


たまに、授業がある前日でも同じことをして、ギリギリ間に合ったり、3人で遅刻した日もある。



そんな感じで、それなりに楽しく学校生活を送っていた。


明日からの強化合宿に向けて、私は部屋で準備をしている。


寮と学校は遠くないので、忘れ物はいつでも取りにこれるが、1泊分のお泊まり分の荷物は用意しておく必要がある。


少し大きめな鞄に荷物をまとめ、明日のスケジュールを確認する。


ちなみに、私は教師用のスケジュールをもらった。


そこには、合宿参加者は朝8時に教室に集まり、点呼と班割りの発表、その後班ごとに分かれ学校から出された課題をこなすことが書かれている。

私はその間、各班を回って指導するらしい。


昼食は学校の敷地内にある森でピクニック。


その後は、班対抗の学校の森に放たれた6〜4級の魔物討伐戦、夕食はBBQをし、夜は篝火を囲んで、魔法族としての目標を発表する。


寝床は普段使っている教室で、男女に別れて寝泊まりする。

この時、私は学生側として教室に泊まる。


次の日は、軽い体術訓練を行って解散といった流れだ。

こう見ると強化合宿とは名ばかりで、ほとんどが生徒同士の交流の場に充てられているのが分かる。


教師から聞いた話だが、強化合宿以降クラスの団結力は高まるらしい。


それにも頷ける内容だった。


私は明日に備えて早めに寝ようとベッドに潜り込む。

ふかふかのベッドに包まれるといつも幸せな気持ちになるのだ。


うとうととし始めたところで、扉のノックが聞こえる。

私は無視して寝ようとしたが、ノック音が激しくなるので私は渋々ベッドから出て扉を開けた。


「よっ」


そこには、部屋着に着替えたハスが居た。

私は思わず顔を顰める。


「なに?」


「そんな怖い顔すんなって」


ヘラヘラとしているが、どこかソワソワしている様子のハスに私は首を傾げる。


「どうしたの?何か用かしら?」


「あー……」


ハスがあからさまに目を逸らすので私はハスの言葉を待つ。

それでも、ハスは何も話さないため、万に1つの可能性に懸けた。


「まさか、明日が楽しみで寝られないとかじゃないでしょうね?」


「楽しみではねぇ!ただ……」


いつも見上げるほど大きいハスだが、なんだか今日は小さく見える。


「班ってなんだよ……俺お前ら以外の奴とまともに話したことねぇし」


ハスの頭にあるはずのない耳が垂れる。


─なるほどねぇ。つまり……


「あなた、緊張して寝られないのね」


ギクッとしたハスは観念したように項垂れた。

私は事前に教師から班割りの相談を受け、ハスが誰と同じ班かを知っている。


ハスを安心させてあげようと本当は漏らしてはいけない班の情報をハスに話した。


「大丈夫よ。あなた、カポックと同じ班だから」


「マジで!?」


「えぇ」


「よっしゃ!」


拳を突き上げて喜ぶハスはまるで子どものようだ。


「あ、これ本当は言っちゃいけないことだから、明日は知らないフリをしてね」


「おう!分かった!」


思わずふふっと笑う私にハスは口を尖らせる。


「なんだよ」


「いや、ハスって可愛いところがあるなと思って」


「……うるせー」


耳を少し赤くしたハスは踵を返して、扉の前から立ち去ろうと歩み始める。


「ハス!」


私がその背中に言葉を投げるとハスはゆっくりこちらを振り返る。


「おやすみ」


ハスは一瞬固まったあと、乱暴に「おやすみ!」と言いながらさっさと自分の部屋に帰っていた。


私は静かになった部屋の中へ戻り、再度ベットに潜り込んだ。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

7時30分、私は教師しかいない教室へ足を踏み入れた。


「おはようございます」


私に注目するのは、1年の担任であるニーナ先生と2年の担任であるマリウド先生、そして3年の担任であるゴッフェ先生だ。


ニーナ先生はいつものワンピースかと思いきや、丸襟の白シャツにサスペンダーズボンを身につけて、普段下ろしている長い茶髪を後ろでひとつに束ねていた。


─ニーナ先生のお顔がよく見えるわね。


その隣にはマリウド先生がいる。

彼は筋肉質で横にも縦にも大きい体に青いジャージを着ている。

髪をピシッと整え、眉が吊り上がっていることから、機嫌が悪そうに見える。


─その真意は知らないけれど。


さらに、その隣に視線を移せば、マリウド先生とは対称的的なボサボサの髪にヒョロヒョロの体、眉毛を垂れ下げているゴッフェ先生がいる。

白いYシャツに黒のズボンというシンプルな服装だ。


─ゴッフェ先生から幸薄いオーラが出ているわ……。


私は失礼な考えを一旦捨てて、3人の元へ近寄った。


「アザレアさん、おはよう」


ニーナ先生の可愛らしい笑顔に癒される。

やはり、どう見てもムスッとしているように見えるマリウド先生と表情が読めない真顔のゴッフェ先生には緊張が走った。


ニーナ先生以外とは接点はないが、他の2人は難しい人達だと噂で聞いたことがある。


─まぁ、私にはあまり関係ないことだけれど。


「先生方、この度はよろしくお願いいたします」


私が頭を下げると、ニーナ先生は手を振る。


「いやいや、こちらこそ人手不足でこんなこと頼んでしまってごめんなさいね」


苦笑いを浮かべるニーナ先生にマリウド先生が舌打ちする。


「コイツ、ツヴァイだろ?俺たちより、この女をミッションに派遣した方が良いだろ?」


そう、強化合宿は本来1~3年の先生方が指導役として入る。


しかし、ここ数年で増えた魔物の討伐により、ただでさえ人手不足の魔法族はより忙しくなっていた。


本来なら、3級である私やカポック、2級のハスもミッションに赴かなくてはいけないが、1年生の内は授業優先であるため、授業や行事がある日はミッションには行かない。


その代わり、他の魔法族や魔高の教師たちがミッションに行く日が多くなっている。


そんな折、毎年1年生に行われている強化合宿の日にどうしても外せないミッションがマリウド先生とゴッフェ先生に割り振られ、その代わりに私が任命されたということだ。


マリウド先生は、私と同じ3級の魔法族。

とはいえ、ツヴァイである私が本気を出せばすぐに2級には行くだろう。

それを見越してか、マリウド先生に嫌味を言われる。


「……それでも、コイツはまだ学生だ」


黙っていたゴッフェ先生が私の肩を叩く。


私自身は正直どっちでもいいのだが、大人から守られる立場も悪くないなと思った。

マリウド先生が私とゴッフェ先生を睨むとため息を吐いて腕を組みながら、教室から出ていった。


「すまないな、世話かける」


ゴッフェ先生は少しだけ眉尻を下げると、私の背中を一つ叩き、マリウド先生の後を追った。


─なんだか、ゴッフェ先生って……。


「ゴッフェ先生、思ったよりお優しいですね」


「そうね」


自分はもう大人だと思っていたが、ゴッフェ先生を見るとああいう対応が大人の振る舞いなんだと認識した。


「そういえば、班分けはこれで大丈夫?」


ニーナ先生に班のメンバー表の紙を渡された。

班は5人組で、ハスとカポックが同じ班になっていることを確認する。


「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます」


私が頭を下げるとニーナ先生は私の腕をそっと叩いた。


「気にしないで。あなたには、グループワークで助けてもらったもの。これくらいどうってことないわ」


後からハスに聞いたことだが、グループワークの日、ハスが全員を連れて外に連れ出した時、ニーナ先生は私を助けに入ろうとしてくれたそうだ。

それをハスが「大丈夫だ」と制止したらしい。

今思えば、真っ先に私は先生に助けを求めるべきだったが、私はそれをしなかった。

私の方こそ、自分勝手な判断をしてしまったのに、ニーナ先生は人が良い。


「いえ、その節は失礼いたしました」


「謝らないで」


ニーナ先生の優しい微笑みに私は密かに心が暖まった。


「じゃあ、みんなが来る前に今日のスケジュールについて話しましょうか」


「はい」


こうして、ニーナ先生と合宿の話をしながら生徒たちが集まるのを待った。




7時55分、ほとんどの生徒が教室に集まっている。

私はニーナ先生とさらに細かいスケジュールの確認をしていた。


「はよー」


突如感じる肩の肩の重みに私は視線を向けることなく、それはハスだと察知する。

ハスは最近、その日初めて私に絡むときは肩を抱いてくる。

私にこんな風に絡んでくるのはハス以外にいない。


「ハス、おはよ……」


挨拶を返そうとすると笑顔のハスが思いっきり私の顔を覗き込んでくるため、鼻が触れそうになる。

私は驚いて顔を背ける。


「近いわよ!」


私はハスの胸に肘を入れ、ハスを離す。


「あ~わりぃ」


まったく反省していないハスにため息を吐く。

そんなハスの後ろから顔を覗き込んでいるのはズボンのポケットに手を突っ込んだカポックだった。


「アザレア、おはよう」


「カポック、おはよう」


カポックは私の返事を聞くと満足そうにハスの後ろから出てくる。


「ほら、ハス。アザレアは忙しいんだ、邪魔はいけないよ」


「そうなのか?」


カポックは手を挙げるとハスの首根っこを掴んで教室の後ろのほうへ引きずっていった。


「ニーナ先生、すみません。話の続きを……」


ふとニーナ先生を見ると、私のことをニヤニヤとした瞳で見てくる。

背中に嫌な汗が伝った。


「アザレアさんは、ハスさんと仲が良いのね」


「いえ、別に普通です」


「まぁまぁ、そんなに照れなくてもいいのよ」


「いえ、本当に違います。照れていません」


私が否定すればするほどニーナ先生はふふっと笑う。

なにがそんなに嬉しいのやら。


「ハスさんが1人にならないよう班の組み分けもカポックさんと一緒になるよう、私にお願いしてきたものね」


そう、私はハスが強化合宿に参加すると言った日にニーナ先生へ事前にハスとカポックを同じ班にしてもらうようお願いをしていた。

しかし、それは決してハスのためではない。


「いえ、それはハスの子守りができるのがカポックしかいないからで……」


「はいはい、分かりました」


この人、本当に人の話聞かないなぁと半ば諦めたところで8時のチャイムが教室に鳴り響く。

先ほどまで騒がしかった室内は途端に静まり返った。

ニーナ先生は私に目で合図を出したので、私はニーナ先生より一歩後ろに下がる。


「皆さん、おはようございます。本日から強化合宿を始めます……」


先生による点呼と注意事項や心構えなどが発表される。


「最後に、強化合宿の指導役をしてくれるアザレアさんです」


ニーナ先生から紹介を受け、私は前に出た。


「改めまして、アザレア・ロードクロサイトです。指導役といった大層なものではありませんが、皆さんの魔力強化のお手伝いができればと思っております。よろしくお願いいたします」


クラスメイトから暖かい拍手を受ける。

私はニーナ先生から預かった班割り表を手にする。


「続いて、合宿における班割りをアザレアさんから発表してもらいます」


途端にざわざわしだす生徒たち。

ただ1人ニヤニヤしているハスの顔を殴りたい衝動にかられたが、さすがに抑えた。


「では、発表します。呼ばれた人は私の前に並んでください。1班ー……」


生徒たちの名前を読み上げ、班ごとに列に並んでもらう。

全部で6班ある内の5班までを早々に読み上げると、最後の6班の発表をする。


「6班ーカポック・チャロアイト、ハス・タンザナイト……」


ハスがイエーイと言いながらカポックにハイハイタッチしているのを横目に私は残りの名前を読み上げる。


「班割りは以上です。皆さん、力を合わせて頑張ってください」


「「はい!」」


こうして、強化合宿がスタートした。

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