第9話 女友達
午前の授業が終わり、私は食堂へと向かった。
その間、あの2人が来ることはなかったため、ぐっすりと眠っているのだろう。
─私だって眠いのに……。
私はビーフストロガノフを頼み、席に着いた。
久々の1人での昼食に少しだけ寂しさを覚える。
席に着き、ビーフストロガノフを口に運ぶ。
味は美味しいのだが、よく実家で食べていたビーフストロガノフを思い出し、少しだけ胸が痛んだ。
人は寝不足になると感傷的になる。
今の私はまさにその状態だった。
私は頭で午後の授業のことを考えることにした。
「アザレア様!お隣良いですか?」
私に話しかけてきたのはピアノだった。
ピアノとは、祈年祭に行ったりと交流は続いており、学校の中で一番話す女の子だ。
「私は良いわよ」
「良かったです!お邪魔します!」
ピアノは手に持っているクリームシチューなどをテーブルに置き、食べ始めた。
ピアノはいつも何人かの女の子と一緒にいる。
今日も彼女らは教室に来ていたはずだが、何故今彼女らと一緒じゃないのだろうか。
「ピアノ、いつもの子たちはどうしたの?」
「あっちにいますよ」
ピアノが指さした方向には、確かにピアノがいつも一緒にいる子たちがいる。
ピアノが手を振ると、その子たちが手を振り、私に頭を下げたので私も頭を下げ返す。
「あの子たちと食べなくていいの?」
「はい!いつも一緒ですから!それに……」
ピアノは手に持っているスプーンを置くと私に向き直る。
「アザレア様と一緒にお昼食べたかったんです!」
ニコッと笑うピアノに私は驚いた。
こんな風にまっすぐな感情をいつも向けてくれるピアノの言動には未だに慣れない。
「……いつでも居てくれて構わないわよ」
私もピアノと話すのは好きだし、むしろあの2人といるときより穏やかな気持ちになれる。
ピアノは目を見開いた後、頬を赤らめて私に抱きついてきた。
「わぁ~嬉しいです!ありがとうございます、アザレア様ぁ~!」
「ちょっと、ピアノったら」
私は思わず頭を撫でる。
もし、私に妹が居たらこんな感じなのだろうとふと思った。
「でも、アザレア様っていつもハス様やカポックさんと居るじゃないですか。だから、ちょっと話しかけづらくて……」
苦笑いを浮かべるピアノに私は首を傾げた。
「なぜ?」
「だ、だってほら!お2人ともかっこよくて、話すの緊張するっていうか……」
急にもじもじするピアノに私はポカンと口を開ける。
─あの2人がかっこよくて?緊張するですって?
私は2人の姿を思い浮かべる。
確かに無駄に顔は良いが、私の想像には言い合ったりふざけている姿しか思い浮かばない。
──……なるほど、そういう見方もあるのね。
ピアノの言っていることは理解できないが、勉強にはなった。
「そうなのね」
曖昧な返事をし、私は再びビーフストロガノフを食べ始める。
ピアノもスプーンを手に取るが、「あっ!」と言いながら私に向き直る。
「そういえば、アザレア様!今度の強化合宿、参加しますか?」
強化合宿とは、長期休み前の試験の前に魔力や魔法の強化を図るために行われるものだ。
普段は、寮に戻る生徒たちが学校の中で寝泊りするらしい。
夜には、ちょっとしたイベントもあるのだとか。
私は元々参加するつもりはなかったのだが、学校側から指導する側として参加してほしいと要望され、渋々参加することになっていた。
「参加するわよ」
「そうなんですね!私も参加するので嬉しいです!一緒にがんばりましょう!」
「えぇ」
ピアノが参加するのなら、強化合宿も悪くないなと思い直すことができた。
集団での泊まりは今回が初めてになるため、どういうものなのかも気になる。
「よっ」
そんな声が聞こえ、突如肩に重みを感じる。
顔の下に回る腕と視界に映る水色の髪の毛にその人物がハスだと察した。
「遅かったわね、ハス」
「良く寝たわ」
私から離れ、欠伸をしながら正面の席にドカンと座る。
ハスは長い足を曲げ、足を組んだ。
私がチラッと横を見るとピアノが口をパクパクしていた。
「ハ、ハ、ハス様っ……!」
先ほど、緊張すると話していたピアノは、本当にそうなっているようで、目を大きく開き動きを止めている。
そんなピアノを捉えたハスはテーブルに肘をつき、片眉をあげた。
「誰?」
「ピアノよ、同じクラスでしょ?」
私が呆れると、ハスは額に指を当てた。
「あ~、悪ぃ。人の顔覚えるの苦手なんだわ」
「い、いえっ!全然大丈夫ですからっ!」
手をぶんぶん振るピアノ。
まさか、ハスが来るとは思ってもいなかった。
が、カポックの姿が見当たらず私は周りを見渡す。
「カポックは?」
「今、昼食頼んでる」
「そう」
食事を受け取る列をよく見るとカポックの姿があったので、私は視線を戻した。
「カポック、怒ってたぞ。なんで起こしてくれなかったんだって」
ハスからの発言にピアノが首を傾げる。
「私は起こしたわよね?あなたたちが起きなかっただけで」
「もっと本気で起こせってさ。アイツ、あぁ見えて寝起き悪いらしい」
「知らないわよ……」
ため息を吐いた私にピアノが私の肩を叩く。
私が体を傾けると、ピアノが私の耳元に顔を近づけた。
「アザレア様、どういうことですかっ?」
ピアノの発言で今の会話だけだったらあらぬ誤解を生むと悟った私はピアノに昨夜は夜通しトランプをしていたと説明した。
「なんて贅沢なっ……!」
なにが贅沢なのか分からない私は首を傾げた。
すると、後ろから視線を感じ、思わず身震いする。
ゆっくりと振り返ると、そこには静かな怒りを携えた笑顔のカポックが立っていた。
「アザレア、おはよう」
「おはよう」
私の元にゆっくりと近づいてくると、カポックは上から私を見下ろした。
「アザレア、なんで君は僕を起こしてくれなかったのかな?」
「私は起こしたわよ」
「じゃあ、なんで自分だけ先に授業に行ったのかな?」
口元すら笑っていないカポックからは静かな怒りを感じる。
─私だって遅刻したくなかったもの。
と自分のことしか考えていない発言をすれば、今のカポックにとって火に油を注ぐようなものなので、私は別の言い訳を述べることにした。
「あなたたちが起きなかったからよ」
「僕がアザレアの立場だったら、無理矢理にでも2人を起こして引きずってでも授業に行くんだけどな」
─………………。
何故私が責められているのかと疑問が浮かんだが、カポックの無言の圧に私は耐えきれなかった。
「……悪かったわね。もし、次があったら無理矢理にでもあなたを起こして、引きずりながら教室に向かうわ」
「ぜひ、そうしてくれ」
カポックは満足したのか、ピアノの正面の席に着いた。
そこで、ようやくピアノに気づいたのか、カポックは普段の胡散臭い笑顔に戻っていた。
「あぁ、ピアノさん、おはよう」
「おはようございます、カポックさん」
以前グループを組んでいるからかピアノはカポックに対しては普通に話している。
要は、ハスが怖いということか。
「はい、君も少しはお腹に何か入れた方がいい」
カポックが自分のトレイからミネストローネをハスの前に置く。
「いいって別に」
「栄養管理も魔法族としての大事な仕事だ。ちゃんと食べなさい」
「……母親かよ」
ハスは文句を言いながらミネストローネに手をつける。
母親だと言われたカポックは額に青筋が浮かんだが、ピアノの前だからかそれ以上ハスに追求することはなかった。
私も母親だと思ったことがあるのは黙っておくことにした。
「そういえば、2人はどうするの?」
私は先程ピアノと話した強化合宿のことを思い出して、2人に問う。
「なにが?」
「強化合宿のことよ。参加するの?」
「僕は参加するつもりだよ」
「そうなのね」
「アザレアは?」
「私は学校に頼まれて指導側で参加するわ」
「へぇ〜大変だね」
「まぁね」
私とカポックの会話に着いてこれていないハスは首を傾げる。
「強化合宿ってなに?」
「学校に寝泊まりして、魔力や魔法の強化を促す合宿だ。毎年人気でほとんどの学生が参加するらしい」
「へぇ〜」
興味なさそうにミネストローネを頬張るハスの顔をカポックが覗き込む。
「ハスはどうする?」
「そんなもん、弱い奴が参加するもんだろ。俺には関係ねぇ」
「ハス、言い方を考えろ」
このままだと、ハスとカポックが喧嘩を始めかねないことを察し、私が口を挟む。
「まぁ、それが主な目的だけれど、夜には篝火を囲むイベントがあるみたいよ」
「はぁ?それの何が楽しいワケ?」
「思い出作りみたいなものだね」
正直、私もハスの気持ちが分かるし、どちらかと言えば参加する意味がないと思う派だ。
カポックの補足に私もようやく納得を得た。
生まれながらに魔法族として生きることが決まっていた、私とハスは『魔物を倒すこと』だけを目標に今まで生きてきた。
急に思い出作りと言われても、日々命を懸けて戦う魔法族はどうせ長くは生きられないだろう。
そのことを私もハスも実感として経験しているし、そう思いながら生きてきたのだ。
「なんだそりゃ……」
ハスは呆れて息を吐いた。
「ハス、君は協調性がない」
急なカポックのディスりに私は咄嗟に顔を背け、ハスは「は?」とカポックを睨む。
「この先、ミッションに赴いたとき、その協調性のなさが命取りになる。グループワークでもそうだったろ?」
ハスはその言葉に机を叩いた。
皿が揺れ、白い机にミネストローネが少し零れる。
「関係ねぇよ。弱い奴から死ぬ。そんだけだろ」
「じゃあ、この場合はどうだい?」
喧嘩に巻き込まれないようピアノを連れてその場を離れようとしたが、キレないカポックに私は動きを止めた。
「あ?」
「他の魔法族との連携不足のせいで、僕やアザレアが死ぬ場合だってある。この場合は?」
「そんなことねぇだろ。アザレアはツヴァイで、お前はヒーラー。そんなことで死ぬ可能性はほぼない」
「でも絶対じゃない」
カポックの言葉で唇を噛むハス。
意外な展開に私は2人の言葉を待った。
「全員と仲良くしろとは言わない。ただ、最低限の協調性は身につけておく必要がある」
さらにカポックを鋭く睨むハス。
ピアノの手が震え始めたので、私はそっと彼女の手を握った。
「グループワークでのアザレアを見ただろ?彼女は的確な指示で被害を最小限に抑えた。あれは頭の回転の良さもあるが、何より協調性があるからこその判断だよ。自分にできないことを人に任せることができるアザレアは強いと僕は思うね」
突然、褒められた私は少しむず痒くなった。
─ただ、私は魔法族として課せられた使命を全うしただけ。
私自身、他人と居ることは苦手だし、協調性はハスと同じくらいないと思っている。
だから、カポックが私をそんな風に評価してくれているとは微塵も思わなかった。
ハスが私の方を睨む。
私が口角を上げると、ハスは顔の力が抜け、ガシガシと頭をかいた。
「……お前らも参加するんだよな?」
「えぇ / もちろん」
大きく息を吐いたハスは真っ直ぐにカポックを見つめ、ふっと笑った。
「やってやるよ、強化合宿」
ニィと口を横に開くハスにカポックは手を差し出した。
「頑張ろう、ハス」
ハスはその手を見つめると、パチィンと大きな音を立て、カポックの手を握った。
「おう!」
2人がしっかり握手しているところを見たピアノの手はいつの間にか震えが収まっていた。
「なんかいいなぁ。ああいうの」
ぼそっと呟くピアノに私は「そうね」と微笑んだ。
「アザレア様も含まれてますよ!?」
「え?そうなの?」
蚊帳の外だと思っていた私は驚いた。
そうか、私ももうあの2人と同じなのか。
私は緩む頬を抑えられなかった。
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