第2節 青の塊

第6話 3人での日常の始まり

「アザレアー!カポックー!飯ー!」


3人で祈年祭に行ってから、私たちは3人で居ることが多くなった。

というのも、孤高の狼ポジションだったハスが私たちによく絡んでくるようになったのも要因の一つだ。


元々私も自ら誰かとつるむようなタイプではないし、カポックは人当たりが良いから色んな人と絡んでいたが、次第に私とハスと居ることが多くなった。


今は昼休憩になったばかり。

授業が終わると、ハスが大声で名前を呼ぶので、私もカポックもハスの元へと移動する。


3人揃うと自然と足は食堂へ向かう。

こんな風に一緒にお昼を食べ始めて、かれこれ1ヶ月が経過した。

最初こそ違和感があったものの、今では3人で過ごすことに慣れつつある。


「今日は何食おっかなぁ〜?」


「私はパスタを食べるわ」


「アザレア、君パスタばかりじゃないか。そんな食生活だと栄養が偏る」


─カポックは私のなんなのかしら?


「サラダも食べているのだから問題ないわよ」


「お前、何パスタ食べるんだ?」


「今日はカルボナーラかしら」


「へぇ〜。じゃあ、俺もそれにするか」


恐らく、何を食べるのか考えるのが面倒になったハスが私の真似をする。

つい1ヶ月前からは考えられない所業だ。


「ハス、君はサラダも食べるんだろうな?」


「食べねえよ。俺、野菜嫌いだしー」


「野菜は食べた方が良い」


「カポックって親みたいだな」


「ハスが子どもっぽいだけだ」


「はぁ〜?」


カポックが親っぽいのもハスが子どもっぽいのもどちらも否定できない私は2人が言い合いしているのを静観している。


ただ、この2人は何故だかいつも私を挟んで口喧嘩を始めるので、頭上で言葉が飛び交っているのだけは解せない。


だが、私はもう既にこの口喧嘩を止めるのも面倒になってきている。


─周りに害が及ばない限りは放っておくに限るのよね。


巨体2人が口喧嘩をしているのが怖いからかなんなのか、廊下を歩いている私たちの周りに人はいない。

いっそ、この喧嘩に誰か巻き込まれて欲しいものだ。


───それと……。


祈年祭の後、ハスと私が大喧嘩したという噂が校内に回っていた。

どうやら、祈年祭でハスの胸ぐらを掴んだ際、どこからか校内の生徒が見ていたらしくそこからあっという間に学校中に噂が広まっていた。


しかし、蓋を開ければハスが私とカポックに妙に懐いている様で噂は噂だと収束したのだけれど。




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食堂に着いて漸く口喧嘩が収まり、各々食べたいものを受け取って席に着いた。


私の正面にハスとカポックが並んで座っている。


ここでも、私たちの周りに座る者がいないのは、以前ハスとカポックが喧嘩を始め、皿が飛び交ったことからだろう。


その後、2人と何故か私まで呼び出され、教師から説教を食らった。完全な巻き込み事故である。


「アザレアもハスも綺麗に食べるね」


カポックが私たちの所作を見て思うところがあったらしい。

ハスがドヤ顔をする。


「そりゃ、小さい頃から仕込まれたからな!これくらいできるぜ!」


「そうね。当時は腹もたったけれど、今では感謝しているわ」


普段のガサツな性格のハスが丁寧に、丁寧な性格のカポックが豪快に食べる姿を見て、中身が逆だなと心の中で思ったことは多々ある。


─まぁ、本人たちには黙っておくけれど。


「さすが四天王家。その辺はしっかり教育しているんだね」


「そうね。タンザナイト家では、性格の教育はされなかったみたいだけど」


「おい!」


ハスの澄んだ瞳がギロリと私の方を向く。

最近は、この品性の欠片もない顔にもまったく恐怖を感じない。


「あ、ごめんなさい。つい、本音が出てしまって」


「ダメじゃないかアザレア。言っていいことと悪いことがある」


「お前らなぁ……!」


ハスはあからさまにむーっと唇を尖らせてこちらを見てくるが、私は気にせずカルボナーラを口に運ぶ。

カルボナーラは濃厚なチーズにブラックペッパーが効いており、思わず口元が緩んだ。


「お前の顔キモ」


─は?


ハスが机に肘を付いて顔を逸らすので、私は思わず青筋が浮かぶ。


「それはさすがに悪口が過ぎるわよ」


「ハス、女の子に向かってそれは言っちゃいけないよ。アザレアは可愛い顔してるよ?」


私を庇うようにカポックがフォローする。

そうやって、すぐ可愛いとか言えちゃう辺りにカポックの女性経験が透けた。


「はぁ?可愛く……」


ハスが視線だけ私に向けるので、私は自分の思う飛びっきり可愛い顔でハスを見つめる。

ハスの目が開くが、私は負けじと見つめ続ける。

ハスは口をパクパクさせた後、視線を逸らし「キモ」と一言だけ呟いた。


─確かにぶりっ子した私がキモイのは同意見だけれども!


「うるさいわね、この顔だけヒョロヒョロ男。骨折れろ」


「はぁ!?筋肉あるわ!ムキムキだわ!」


「え?筋肉あるようには見えないけれど?あなた、カポックと並ぶと大分貧相よ?」


カポックは高身長且つ肩幅も広い上、筋肉が付いているのが見て取れる。

その塩顔からは想像もできない程だ。


しかし、ハスはカポックより身長が高いものの、肩幅も腕も足も何もかもが細い。

もちろん、女の私よりは筋肉はあるだろうが、隣にいるのがゴリラなため、ハスはチンパンジーくらいにしか見えない。


ハスはカポックの顔、肩、胸に視線を移動する。その間、カポックは相変わらずニヒルな笑顔を浮かべている。

ハスはカポックの胸に手を伸ばし、カポックの胸を触った。


しばらくして触り終えたあと、今度は自分の胸を触る。

そして、机に突っ伏した。


「くそー!俺だって鍛えてんのに!なんなんだよお前!どうやったらそんなバカ筋肉つくんだよ!っざけんな!」


「僕と一緒にトレーニングするかい?」


「ぜってぇしねぇ!!!」


「大体お前はなぁ!」ハスの矛先をカポックに向けたところで、私は再度優雅にカルボナーラを食べ始める。


─カポックごめんなさいね。私の平和のために犠牲なって。


すべてカルボナーラの前に於いてはどうでも良いことだ。


「……こうなったら、カポック!お前、俺とチェスで勝負しろ!」


ハスが突然立ち上がり、カポックに向かって指をさす。

カポックの目はピクついた。


「なにがどうなってそうなるんだい?」


「確かに!筋肉は!多少だけどな!多少負けるかもしれねぇが、頭脳ではお前に勝てる!ことを証明する!」


その発言が既に頭が悪そうだが、カポックは口角を上げた。


「いいね、その話乗った」


「っし!じゃあ、アザレア!テメェは見届け人だ!今日の放課、俺の部屋に集合な!」


「わかった」


「え」


急な巻き込み事故に動きを止める私だったが、カポックが私を見てさらに口角を上げる。


「そもそも、君がハスを煽って僕を巻き込んだんだ。その責任は取ってくれるよね?」


目の奥がまったく笑っていないカポックの不気味な圧に私は観念した。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

魔法高等学校のノーマル寮は男子寮と女子寮に分かれており、お互いの行き来は厳禁である。

ただし、唯一男女で分かれていない寮がある。


───それは、ロイヤル寮。


これは、王族や魔法四天王の子息女たちのための寮だ。

ノーマル寮は通常2人1組で1部屋だが、ロイヤル寮は1人1部屋が与えられ、その内装も通常部屋とは異なり広く煌びやかである。


私とハスはもちろん、そのロイヤル寮で生活している。


人によっては使用人を付けているが、私は要らないと突っぱねて悠々自適に暮らしていた。


ロイヤル寮は王族エリアと魔法四天王エリアで大まかに分かれているため、男女の区別はない。


ハスも同じ寮に居ることは分かっていたが、私は基本的に授業以外で部屋から出ないためすれ違うこともなかったのだろう。


そして、ロイヤル寮は部屋の主が許可すれば誰でも出入りは自由となっている。

そのため、寮生たちの溜まり場にもなりやすい。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

放課になり、私は一旦自室へと戻り荷物を置く。


キッチンに置いてあるお気に入りのローズティーのパックを3つとちょっとした茶菓子を持って、ハスの部屋へと向かった。


ハスの部屋は事前に本人に聞いておいた。


私の部屋はロイヤル寮魔法四天王エリアの端っこ。

ハスの部屋はそこから3つ隣の部屋だった。



私が部屋の扉をノックすると、扉がガチャリと開きハスが現れた。

ハスは普段はきちんと着ている制服を少し乱している。


「おう、アザレア。どうぞ〜」


「お邪魔いたします」


ハスの部屋に入るが、おおよその作りは私の部屋と変わらない。


入ってすぐ右手にキッチンがあり、左手にはお手洗いとバスルーム、扉の奥へ入ると手前に勉強机、ソファとローテブル、椅子とテーブルがあり、部屋の角には天蓋付きのキングベッドが置いてある。


唯一違うとすれば、私の部屋は白を基調としているのに対し、ハスの部屋は黒を基調としてあるところだ。

部屋を見渡すが、カポックはまだ来ていないよう。


「まぁ、座れよ」


ハスがソファに私を促すのでソファの近くに向かう途中にいるハスの前に立つ。


「これ、よろしければどうぞ?」


私は部屋から持ってきた紅茶と茶菓子が入った紙袋をハスに手渡す。

ハスは中身を確認すると、珍しくパァと顔を輝かせた。


「お、これ俺の好きなクッキーじゃん。なんでわかったんだ?」


私が持ってきた茶菓子は私が大好きなお菓子屋さんのクッキーだ。

決して、ハスの好きなものが分かったわけではない。


「私が好きなのよ。ここのお菓子は全部美味しいわよね」


「だよな!おれは、フィナンシェも好きかな」


「同じだわ」


私たちは顔を見合わせて笑う。

意外な共通点を見つけて私は少し嬉しくなった。

さすがに生活環境が似通っているだけある。


「せっかくだからみんなで食べましょ?紅茶入れていいかしら?」


「おう!あるものテキトーに使ってくれていいから」


「分かったわ」


ハスは渡した袋を私に戻す。


私はそれを持ってキッチンへと向かい、上の棚からティーセットを出した。


やかんに水を入れ、魔法で火を出し、水を温める。


─ガスから火を出すより、私の魔法を使った方が早くて美味しい紅茶が飲めるのよ。


と私は思っている。



そんな中、扉の外からノック音がする。

恐らく、カポックが来たのだろう。

だが、ハスは一向に奥の部屋から出てこない。


「ハスー!カポック来たわよ」


「あーお前出といて」


部屋の主に許可を取ったので、私は1度やかんをコンロの上に置き、扉を開けた。


「やぁ、ハス……?」


ハスの視線が明らかに私の頭上から徐々に私の顔まで降りてくる。

そして、目を見開いた。


「アザレア?」


「そう。部屋の主に出ておいてって言われたから」


「そういうこと」


どうぞと言ってカポックを部屋に招き入れる。

カポックは部屋に入るなり立ち止まったため、その大きい背中にぶつかりそうになる。


「ちょっと!なに?」


「あぁ、いや……。ロイヤル寮には部屋の中に設備が整ってるんだなと思ってね」


「え?普通寮にはないの?」


「ないね。バスルームは大浴場でトイレやキッチンも共通のものがあって、みんなそこを利用しているんだ」


「そうだったの」


ロイヤル寮がかなり贔屓されていることを知り、私は驚いた。

と同時に、ロイヤル寮で良かったと思ってしまった。


「その扉、開けて中入っていいわよ。私が言うことじゃないかもしれないけれど」


「ありがとう」


カポックが部屋中の扉を開けると再度そこで立ち止まる。

私はそれを尻目にやかんを魔法で温めていく。


「お、カポックも来たな」


「お邪魔します」


かろうじて声を出したカポックにハスが首を傾げる。


「なんでそんなとこに突っ立ってんだ?」


「あぁ、いや……。随分と広いなと思って」


「そうか?俺の家の部屋に比べたらかなり狭いけど」


ハスはどうやらチェスの準備をしているようで、テーブルの周りを彷徨いている。


「今アザレアは紅茶淹れてるから、ソファ座って待っててくれ」


「あ、そうなんだ。アザレア、ありがとう」


「いいえ〜」


呆然気味のカポックはロボットのような動きでソファに腰かけた。

すると、ベッドの方をゆっくりと向く。


「ハスはこのベッドに毎日1人で寝てるのかい?」


「基本的にはそうだな。……たまに、女連れ込んでるけど」


「最低 / 最低だな」


話を聞いていた私とカポックの声が重なる。

私は自然に火力が強まっていた。


「はぁ?別に良くね?相手も俺とヤリたいし、俺も欲を解消できてwin-winだろ」


「あの噂は本当だったのか……」


「ん?なにが?」


カポックがため息を吐いて頭を抱える。

ハスはそれを見て首を傾げた。


「『ハス様は女を入れ食い状態』だって、女の子たちが話してたよ」


「入れ食いって程じゃねえけど、まぁ……程々に?」


「ちょっと、そんな話私の前でしないで」


男子同士ならそういう話はするのだろうが、これでも一応私の性別は女だ。

級友のそんな話は正直気持ち悪いと感じる。


「なんで?」


心底不思議そうな顔で私を見つめてくるので私は深いため息を吐いた。


「確かに、アザレアの前でする話じゃなかったね。配慮が足りずにすまない」


「え?なんでカポック謝ってんの?」


なんで?ねぇなんで?とカポックの周りをウロウロするハス。

私はもうハスに期待するのはやめた。


「いいかい、ハス。そういう男女関係の話は、同姓同士でこそ盛り上がる話だが、異性同士だとあまりよろしくない。人によっては気持ち悪いと感じてしまうんだ」


「なんで?」


「じゃあ、君は、アザレアの異性交流の話を聞きたいかい?」


「別に聞きたかねぇけど」


「そうだろ?」


─それはこっちのセリフよ!


例えに私を出されて納得されても貶されているのか信頼されてるのか分からず複雑な気持ちになる。


─というか、そもそも私で例えるカポックもカポックだわ!


私もハスやカポックのそういう話は聞きたくないし、女として見てほしいだなんて1ミクロンも思っていないのだが、あんなに即座に否定されたらそれはそれでなんだか悲しい。


─いや、悲しいというよりは腹立つ。


「まぁ、そういうことだ。その話はアザレアが居ない時にしよう」


「分からねぇけど分かった」


─分からないの!?


と心の中でツッコミを入れる。

まぁ、とにかく私的には気持ち悪い話を聞かなくて済むのであれば何でもいい。


「つーか、アザレアって男とつきあったことあんの?」


急にハスが呆気からんとして聞いてくる。


─だから、そういう話をするなと先程言ったばかりでしょう。


と喉まででかかった。


私はハスの言葉を無視してもうすぐ沸くであろうやかんに集中する。


「あ、こらハス」というカポックの焦った声が聞こえると、近くに人の気配がする。

ちらっと横目で見るとハスだったので無視を決め込んだ。


「ねぇ、どうなんだよ?つきあったことあんの?ないの?」


ねぇねぇと私の左右を行き来しながら顔を覗きこんでくるハスに私はやかんを持つ手に力が篭もる。


それでも私は無視を続けた。


そんな私を見かねてか、ハスは顎に手を当てて推理をする名探偵のポーズをする。


「俺はね、アザレアは……。……男とつきあったことないと思うね!」


私はイラつきで唇の橋がピクっと震える。

ゆっくり息を吸う。


「……理由は?」


言葉を一つ一つ置くように聞くとハスは鼻で笑った。


「だって、お前……まったく色気ねぇもん!」


自分で言った言葉がそんなにおもしろいのかゲラゲラとお腹を抱えて笑い始めるハス。


刹那、やかんのお湯が沸いたピーという音が鳴り響く。


─よし、殺そう。


私はやかんを持ち上げて、ハスに満面の笑みを向けた。


「ハス?この熱々のやかんで殴られて死ぬのと熱々のお湯をかけられて死ぬの、どちらが良いかしら?」


「え」


漸く事態を把握したのか、ハスの顔がさーっと青ざめていく。


「いやいや、どっちも嫌だけど!?」


「大丈夫よ?幸いにもここには人の怪我を治すことができる優秀なヒーラーが居るわ。死にはしないわよ。ちょーっとだけ痛いかもしれないけれど」


「ちょっとじゃねぇだろ!」


命の危機を感じているのか、ハスの額に薄らと汗が浮かび始める。


「ん?熱々のやかんで殴られたあとにお湯をかけられて死にたい?あらぁ〜ハスってば欲張りさんなのね。しょうがないわ。お望み通りにしてあ・げ・る」


「俺まだ何も言ってないよな!?」


私がやかんをハスの方へ近づけるとハスは反射的にその場から逃げ出す。

私は逃がすまいと追いかけ、部屋の中で追いかけっこが始まった。


「今のはハスが悪い」


カポックが腕を組みながら呑気に座っているのを横目に、私はハスをなんとかやかんで殴ろうと追いかけ続けた。

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