第5話 祈年祭〜後編〜
祈年祭の会場であるメインストリートは、多くの人で溢れかえっていた。
私は初めてのイベントにワクワクしながらキョロキョロしている。
美味しそうな食べ物や可愛らしいジュースなんかも並んでおり、目が移ろいで仕方がない。
街ゆく人々が皆笑顔なのも、戦場にはない光景のため、自然と気持ちが上向いた。
「アザレア、楽しそうだね」
私の顔を覗き込み、微笑むカポック。
なんだか、少し子ども扱いされているような気がしないでもないが、楽しいから仕方がない。
「えぇ、とっても楽しいわ!こんなに多くの人が居て、みんなが楽しそうにしているもの」
私の姿に喉を鳴らして笑うカポック。
「人多すぎだろ……」
ハスはというと人の多さに少し疲れているようだった。
メインストリートに入ってから、先程までの元気さが無くなった。
───ハスはこれくらい大人しい方がちょうど良いわね。
「そりゃあ、ムーントピア二大イベントだからね。中央区だけじゃなく、満月区、三日月区からも人が来るんだ。そりゃ、人も多いさ」
ムーントピアは全部で6つの区に分かれている。
王室や魔法省などムーントピアの中枢を担っているのは中央区。
ここに魔法高等学校も存在する。
他には、満月区、三日月区、上弦区、下弦区、そして新月区がある。
人が住んでいるのは新月区以外の5地区で、上弦区や下弦区などはムーントピアの貧困層が多く住んでいる。
新月区はほとんどが森で、北に進めば進むほど強い魔物が彷徨いてる、魔物の区だ。
魔法族は、新月区から住民区に魔物が進出しないよう食い止めるのが仕事である。
まぁ、ハズレの村なんかにはよく魔物が出現したりしているが。
「へぇ〜」
興味無さそうにカポックの話を流すハスにカポックの額に血管が浮かぶ。
私は慌てて口を開いた。
「カポック!私、お腹が空いたのだけれど、何か食べない?」
私の提案にカポックの血管は引っ込み、優しい笑みを浮かべた。
「そうだね。せっかくだから出店のものを頂こう。アザレアは何か好きな物はあるかい?」
「そうねぇ〜……」
私は食べたいものを思い浮かべる。
基本的に甘党な私は甘いものが大好物だが、今食べたいのはお腹に溜まるラザニアだった。
「ラザニアとかどうかしら?」
「いいね。ハスは?」
「じゃあ、俺もそれで」
「りょーかい」
カポックが前方に指をさしながら歩き出したので、私とハスはカポックについて行く。
前後を巨大な2人に挟まれた私は、謎の安心感があった。
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しばらく歩くと、カポックが出店の前で止まった。
カポックの背中から顔を覗くと、そこにはラザニアパンと書かれた看板があった。
香ってくるラザニアの香りに私の頬は緩む。
「あら、いい匂い」
「ラザニアパンを3つお願いします」
「はいよー」
カポックの声に店主の人が忙しく準備をする。
「アザレア、賞金を出してくれるかい?」
「分かったわ」
私は賞金が入っている封筒ごとカポックに渡すとカポックがそこからラザニア分のお金を置いた。
店主がまいどーと言いながら、ラザニアパンをカポックに渡したあと、続いて私にもラザニアパンを手渡す。
「はいよー……。って、アザレア様!?」
店主が私の顔を見て目を丸くした。私はニコリと微笑む。
「ご機嫌よう。いい香りね」
「あ、ありがとうございますっ!アザレア様のお口に合うかどうか……」
急にしどろもどろする店主に私は思わず苦笑いした。
滅多に下町に顔を出さない四天王家がいるとは思いもしなかったのだろう。
そういう祭りごとに呼ばれる時は、大体来賓席で挨拶をする時くらいだ。
ロードクロサイト家の中でも2属性持ち─ツヴァイ魔法族の私は、ムーントピアの中でも有名な方。
気づかれたら面倒だとは思っていたが、思ったより驚かせてしまっているようで、逆に申し訳なく感じる。
「いいえ。美味しそうだから、後でじっくり食べさせてもらいますわね」
「あ、ありがとうございます!」
ヘコヘコする店主に私は仕事の続きを促した。
続いて、店主はハスにラザニアパンを手渡すときも似たような反応を示していた。
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カポックに連れられ、噴水広場のベンチに3人並んで腰をかける。
アツアツのラザニアパンを私は見つめた。
「うん、美味しい」
カポックが食べ始めたのを見て、私とハスを口を付ける。
口の中に広がる濃厚なクリームと広がる小麦のハーモニーに私は目を見開いた。
ハスは一瞬食べるのを止めたと思ったら、夢中でラザニアパンを頬張る。
まるでリスのようだ。
ロードクロサイト家の私とタンザナイト家のハスが噴水広場に居るのが目立つのか、大衆が私たちを遠巻きに見始める。
見られることに慣れている私とハスは気にせずラザニアパンを頬張るが、カポックは眉尻を下げていた。
「なんだか、食べづらいね」
「そう?美味しいわよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
私が首を傾げるとカポックはハハッと笑った。
「君たちは、大衆の目に晒されているのは慣れているだろうけど、僕にはちょっとね」
カポックがそう言うと、どこからが女の子たちがハスに向かって「ハス様ー!」と手を振った。
ハスはその女の子たちにウインクをして、女の子たちが黄色い悲鳴をあげる。
その悲鳴につられてか、ますます人が集まってくる。
「キャーキャー言われるのは気持ちいいね」
ドヤ顔を披露するハスに私とカポックは冷たい視線を向ける。
「あ?なんだよ?ヤキモチか?」
「どこをどうとったらそう解釈できるのかしら。あなたって人は……」
私が思わずため息をつくとハスは首を傾げる。
この顔だけは良い男は、それすらも自覚しながら己の欲のままに動いているのだから、1周まわって羨ましく思う。
すると、どこからか「アザレア様ー!」という野太い声も聞こえる。
本当は無視したいところだが、ロードクロサイト家を背負っている私が民衆を無下にすることはできないため、その声の方向に軽く手を振った。
途端「うぉぉぉ!!!」と声が上がる。
「……テメェも気持ちよくなってんじゃねぇか」
「これはロードクロサイト家として然るべきことしただけ。あなたと一緒にしないで」
「よく言うぜ」
ハスのニヤニヤとした揶揄う様な笑みに私は思わず拳を握った。
さすがにこの民衆の前で手を出すことはしないが。
「てことで、庶民のカポック君、ラザニア追加で」
頭の後ろで手を組み、片目を開けてカポックに命令するハス。
さすがのカポックも青筋が浮かぶ。
「君ね、僕は君の同級生であって家臣じゃない。指図をするな」
「は?庶民は等しく俺様の召使いだろ。むしろ、俺と関われることに感謝して欲しいくらいだわ」
「なに?」
いつもの余裕そうな笑みから、眉を顰めハスを睨みつけ笑顔が消えたカポックを見て、私は頭の中で危険信号が鳴った。
私は立ち上がり、ハスの前に立つ。
「あ?ンだよ?」
ハスが私を睨みつけながら立ち上がったので、大衆から見られないように私は拳を作りハスのお腹にそれをぶち込んだ。
ドスッと鈍い音がして、ハスの体が降り曲がる。
お腹を抑えながら、大きい瞳をさらに大きくして、口を開いて呆然としていた。
「は……?」
視線を地面に落としたまま、動かないハス。
私はそんなハスの胸ぐらを掴み、顔をこちらに向けた。
「あなた、いい加減にしなさい」
ハスは定まらない瞳を動かしながら私をぼんやりと見つめる。
「自信を持つことは大いに結構。けれど、その自信を他人を見下すために使わないで」
真っ直ぐハスを見つめながら私は言い放つが、当のハスはまだ私のことをぼーっと見ている。
そのハスの態度が余計に私をイラつかせる。
「ちょっと!話聞いてるの!?」
私が胸ぐらを前後に揺らすとハスはハッとしたような顔になり、ゆっくりと口を開けた。
「……悪かった」
「謝るなら私じゃなくてカポックに!」
私がハスの肩を掴んで無理矢理カポックの方へ体を向けた。
カポックも細い目を大きくして私たちの様子を見ていたようだった。
ハスに見つめられたカポックは、ハスに視線を向ける。
「……悪かった、カポック」
「悪かったじゃなくて、ごめんなさい、でしょ?」
私が手を組みながらそう凄むとハスはもう一度息を吸った。
「ごめん、カポック」
カポックはすっかりしおらしくなったハスの姿を見て、ふっと鼻で笑った。
「な、なんだよ」
「いや、君は思ったより単純な奴だなと思って」
「単純ってなんだ?悪口か?」
「悪口だ」
ニヒルな笑みを浮かべたカポックにハスは頬をピクつかせる。
「だから、これでおあいこだ。なに、よくある級友同士の喧嘩さ」
カポックがハスに手を差し出す。
ハスは躊躇しながらもカポックの手を握った。
私はそんな2人に胸をなでおろした。
「……ほら、アザレアも」
カポックが空いてる手で私の手首を掴み、握手している2人の手の上にそっと載せた。
私は面食らったが、私より遥かに大きくて骨ばった2人の手を両手で上から包んだ。
「……僕達は意外と相性が良いかもしれない」
カポックが今まで作った笑いとは違った笑顔を見せる。
私もそれに釣られ、気持ちが高まった。
私たち3人は、各々がムーントピア王国で唯一の存在で、そんな3人が同じ年に生まれている。
これは運命か必然か。
「そうね」
「ケッ」
手に力が籠るカポックに釣られ、私も2人の手を更にぎゅっと握る。
ハスは顔を逸らしながらも、その手を解くことはなかった。
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あれから私たちは再度ラザニアパンを食べたり、様々な出店を回ったりして祈年祭を満喫した。
私の腕の中には、出店に売ってあった魔導書がある。
ハスやカポックも魔法具を買っていた。
すっかり暗くなった道中を3人で並んで歩く。
賞金の10万ルーンは、それらでほとんど使い切った。
「祈年祭っておもしろいわね」
「そうだね。まさか、アザレアがあんなに目を輝かせるとは思わなかったよ」
魔法屋の出店には珍しい魔法具や魔導書がたくさんあり、私は久々にテンションが上がった。
これからは定期的に街に繰り出したいものだ。
「今日は人生で初めてのことをたくさん経験したもの。楽しいに決まってるじゃない」
歳が近い子とどこかに出かけて、お祭りに行くなんて経験は、私の人生で初めての経験だった。
今まで魔法の修行ばかりしていたことがもったいないとまで思い始めたのだ。
「それは良かった」
「俺も初めて女に腹殴られた」
ハスが口を尖らせて不貞腐れているのを見て私は吹き出した。
「テメェ、人をぶっといて何笑ってんだ?あぁ?」
「ふふっ、ごめんなさい。痛かったわよね?」
私が手を伸ばしてハスのお腹を優しく擦るとハスは目を開いたあと、「触んな」と言いながら私の手をはたいた。
「カポック、お前怪我治せるならこの腹治せよ」
「ハス、治せじゃなくて治してくださいだろ?」
カポックが悪い笑みを称えるが、ハスは唇を噛み締めた後、カポックをまっすぐ見つめた。
「カポック、治して……ください」
「嫌だね」
「はぁ!?」
顔を真っ赤にしているハスに私は声を抑える。
「他者ヒールは君の想像以上に魔力を消費する。大したことのない怪我に魔力は費やしたくない」
「……テメェ、図ったな!」
「元々僕は治すとは言ってない」
「この野郎!」
待てコラァ!と言いながらハスとカポックの追いかけっこが始まった。
口が上手いカポックを敵に回さない方が良いと2人のやり取りを見て思う。
ギャーギャー言いながら、私の周りを走るデカい男2人は、私を挟んで駆け引きを始めた。
「ちょっと、私を巻き込まないでくれる?」
「つーか、そもそもお前が俺を殴ったからこうなってんだろ!」
「確かに、あれは強烈だったね」
「もう、カポックまでそんなこと言わないで!」
今度は私が標的にされ、私は口を尖らせる。
そんな私にカポックとハスか笑いだしたので、なんだか馬鹿らしくなり、私も笑った。
その日の夜空は今までの人生で1番輝いていた。
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