第4話 祈年祭〜前編〜
グループワークでの2級魔物出現事件のことで、アザレア、ハス、カポックの3名は魔法省から表彰された。
賞金として10万ルーンをもらったものの、その使い道についてアザレアは悩んでいた。
「折角なら3人で綺麗に割れる金額が良かったわ……」
中途半端な金額を目の前に私は休憩中の教室の中で腕を組む。
「やぁ、アザレア。何をしているんだい?」
カポックは私の肩を叩くと隣に座った。
あれからカポックと仲良くなったため、時々こうやって話をする。
「この前表彰された賞金の使い道について考えていたのよ」
「あぁ、そのことか。それはアザレアが好きに使って構わない」
「そういう訳にもいかないわよ。せっかくだったら、3人で消費しましょ?」
「3人で、ねぇ……」
カポックは顎に手を当て、じっと一点を見つめる。
カポックとハスはあれ以来顔を付き合わせては口喧嘩をしていた。
時々、魔力を使うほどの喧嘩に発展しそうになるため、その間を何故か私が取り持っている。
本当に何故。
「キッチリ割ってそれぞれに渡すのも味気ないじゃない?でも、だからといって10万ルーンで何をすればいいのか分からなくて」
私にとっての10万ルーンは大きな金額ではないが、一般家庭出身のカポックにとっては大きな金額なのだろう。
カポックは目を見開いた。
「そういえば、アザレアはお嬢様だったね」
「そんな大層なものじゃないわよ」
実際、魔法族四天王の家系は王族に次いで地位と名誉、そしてお金があると称されている。
アザレア自身もお金に困ったことはないが、それは家にいる間の話。
ロードクロサイト家は、魔法高等学校に入ると自ら稼いだお金で生活するよう躾られる家だ。
もちろん、支度金や学校に入る前のミッションで稼いだお金は手元にあるが。
「逆にカポックは何かしたいことはないの?」
カポックは分かりやすく顎に手を当てる。
「そうだねぇ。……あ」
何か思いついたような顔をしたカポックに私は問いかけた。
「え、なに?」
「そういえば、もうすぐ祈年祭があるんだ」
「あ〜、もうそんな時期ね」
ムーントピア王国では、4月に祈年祭、11月に収穫祭が行われ、それは国を上げての一大イベントとなっている。
私は、参加したことがないが大層賑わうお祭りらしい。
「アザレアは行ったことあるかい?」
「残念ながらないわね」
カポックの瞳が大きくなる。
「意外だな」
「昔から魔法の鍛錬をしていたからか、そういうお祭りはほとんど行ったことがないのよ」
私の言葉を聞いたカポックは眉尻を下げた。
「そうか。……四天王家も大変だね」
「そうなのかしらね。よく分からないわ」
お祭りに参加しないのが当たり前の家で育ったアザレアはイベントへの憧れすらも抱いたことがなかった。
私は机に肘をつき、手の甲に顎を乗せた。
「……じゃあ、これからは僕と一緒にお祭りに参加しよう」
思いもよらないカポックの発言に私は思わずカポックの方へ顔を向けた。
カポックは相変わらずニコニコと微笑んでいる。私はため息をついた。
そんな私の反応が意外なのかカポックは首を傾げる。
「え?なんだい?」
「……あなた、人誑しって言われない?」
「ははっ、よく分かったね」
「まったく……」
私は再びため息をついて、元の体勢に戻る。
床を見つめ、私はゆっくりと口を開いた。
「でも……。……悪くないわね」
少し口を尖らせるとカポックがふっと笑ったのが聞こえた。
目線だけカポックに向ける。
「なによ」
「いや、別に。素直じゃないなと思って」
「私はいつでも素直だけれど?」
「はいはい」
なんだかあしらわれた感じがして、私はムッとする。
カポックは私より大人びていると感じることが多々あった。
これで、同い年というのだから世の中は広い。
「じゃあ、ハスも誘って3人で祈年祭に行こう。10万ルーンはそこの出店で使おうか」
「そんな大層な出店が出るの?」
10万ルーンはそこそこの大金だ。
出店で使う金額なんて1000ルーンもいかないだろう。
10万ルーンも使うことができるのだろうか。
「実はね、魔導書や魔法具の掘り出し物が出るんだ。珍しいものもあるから、10万ルーンはすぐ使い切ってしまうよ」
「え!?そうなの!?それは楽しみね!」
アザレアにとって、魔法は人生のすべてだ。
それはマニアの域まで達しており、魔物との戦闘に役立つ魔法だけでなく、日常生活や娯楽の魔法、珍しい魔法具を収集するのが趣味にもなっていた。
カポックからの嬉しい報告に私は胸が踊る。
「ははっ、それなら良かった」
話が丁度終わったところで始業のチャイムが鳴る。
カポックは立ち上がった。
「じゃあ、ハスは僕から誘っておくから、祈年祭の1日目の放課、校門で集合しよう」
「分かったわ」
カポックは手を上げながら自分の席へと戻っていく。
私は、授業中も頭の中でまだ見ぬ魔法具に思いを馳せていた。
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祈年祭1日目の放課、私は制服のローブから私服の白のワンピースに着替え、校門でカポックとハスを待っていた。
祈年祭はやはり国民的行事のためか他の多くの生徒も校門を出て、祈年祭に向かう姿が見える。
チラチラと私の方を見てくるのは、この前の表彰式で私の名前がさらに通ったからだろう。
「あ、アザレア様!」
私の名前を呼ぶ声に振り向くと、薄紫のワンピースに身を包んだピアノの姿があった。
その後ろにはよくピアノと一緒にいる女子生徒も居る。
「ピアノ、ごきげんよう」
「ご、ごきんげようでございます!」
少しへんてこりんな挨拶をするピアノに私はふふっと笑った。
そんな私のことを気にしない様子でピアノは続ける。
「アザレア様も祈年祭に行かれるのですか?」
「そうよ。あなたも?」
「はい!お友達と!」
ピアノが振り返った先の女子生徒たちが頭を下げるので、私も合わせて頭を下げる。
「も、もしよろしければ、アザレア様も一緒にどうですか?」
顔を俯いて手を握っているピアノに私は思わず口を噤んだ。
勇気を出して誘ってくれたんだと嬉しくなると同時に、カポックとの約束があるため私は心が傷んだ。
「ごめんなさい、実はカポックとハスとで祈年祭に行く約束をしているの」
「あ、そうでしたか……」
明らかに落ち込むピアノに私は頭で考えるより先に声に出していた。
「もし、ピアノさえよければ、明日の祈年祭一緒に行かない?」
私の言葉に顔を上げてパァと顔が晴れるピアノ。
その様変わりがあまりにも可愛らしくて、私は密かに癒された。
「も、もちろんです!ぜひ、明日行きましょう!」
「ありがとう」
私がお礼を言うとピアノは満足そうに「また明日〜」とピョコピョコと音が鳴りそうな軽い足取りで去っていった。
思いがけず明日も祈年祭に行くことになった私は心が暖かくなった。
「アザレア、お待たせ」
カポックの声が聞こえ、そちらを向くとカポックとハスの姿があった。
カポックは白いYシャツに黒のパンツとシンプルな服装をしており、普段制服のローブに隠れている逆三角形の上半身がむき出しになっている。
右耳たぶに付いている輪っか状のシルバーのピアスは陽に当たりキラリと光らせた。
一方、ハスは白の薄手のニットに白のパンツ、黒のジャケットを羽織っており、その一つ一つが高価なものだと分かる質感だ。
顔の治安は悪いものの、その首元にはダイヤがキラリと輝いており、品を底上げしている。
何故か2人とも顔に傷を作っており、カポックはそれでもニコニコしているが、ハスは肩を下げズボンに手を突っ込み明らかに不機嫌だった。
「2人ともどうしたの?」
「ちょっとハスと言い合いになっただけだ。大したことない」
ね?とカポックがハスを見上げるとハスはケッとそっぽを向いた。
「なんで俺が祈年祭なんかに行かなきゃいけねぇんだよ」
「ハス、君は行ったこともないイベントに文句を言うな」
「行かなくても分かんだろ。所詮、庶民が楽しむもんだ。俺が楽しめるとは思えないね」
「本当に君はああいえばこういう。……君はまるで我儘を言う子どもだね」
カポックの発言にハスは眼光を鋭くする。
「は?ガキ扱いすんなよ。テメェこそ、上から目線で気持ちよく説教してんじゃねぇよ」
「……なに?」
笑顔が消えたカポックを見て、私は2人の間に入った。
おおよそ、ここに来るまでにもこういう言い合いをしていたのだろう。
カポックの笑顔が消えたとき後は大抵殴り合いが始まるのは今まで少しの経験から察しがついた。
「2人とも、お祭り前に喧嘩は止して」
背の高い2人の間に入ると、私が益々小さく見るがそうも言っていられない。
目の前で不毛な争いを見せられる方の身にもなって欲しい。
2人は私の方を1度見て、ふんっと反対方向へ顔を逸らした。
私はハスとカポックを交互に見つめる。
ハスも結局文句言いながらついてきてるし、カポックもあまり好いていないであろうハスをちゃんと誘ってくれてるのだから、私からすれば2人とも見栄を張っているだけに思う。
「今日は、私たちの表彰お祝いでもあるのよ。ハスも意地張ってないで、楽しみましょう」
私が1つ手を叩いてハスの顔を覗き込むと、眉間の皺が益々濃くなったが、口を出すことはしなかった。
私はそれを肯定と捉え、カポックにも向き直る。
「カポック、今日は誘ってくれてありがとう。さっそく、祈年祭に向かいましょう?」
「そうだね」
カポックは切り替えて私にいつもの笑顔を向けてくれた。
カポックが歩き出したので、私もその後ろに続く。
ハスがその場に留まっているので、私は振り向いた。
「ほら、ハスも早く!」
「……チッ」
舌打ちしながらハスも歩き出したのを確認し、私は前にいるカポックの腕を叩いた。
「ん?」
カポックが私の顔の高さに合わせて腰を曲げてくれたので、私はカポックに耳打ちする。
「ハスは素直じゃないわね」
カポックはふっと笑った後、私の耳に口を近づけた。
「君に言われるようじゃおしまいだね」
「もうっ!カポックったら!」
むーと口を尖らすとカポックは、ははっと笑いを浮かべた。
「テメェら!なにこそこそ話してんだよ!」
ハスが走って私たちの元へやってくる。
「別に大した話じゃない」
私が口を開くより前にカポックがハスに挑発的な笑みを見せる。
ハスは「あぁ?」と言いながらカポックを睨んだ。
「ハスも来てくれて嬉しいねって話をしてたのよ」
ね?とカポックに同意を求めるとカポックは一瞬瞳が揺らいだが、それを誤魔化すようにすぐ微笑んだ。
「あぁ、そうだね」
カポックが私の話に乗ってくれたことで、私もハスを見返す。
すると、ハスは頬をかいて目線を上へ逸らした。
「……あっそ」
耳が少し赤くなっているハスに私とカポックは目を合わせた。
───ハスってなんだか……
「可愛らしいところもあるのね」
「は?」
「あ、なんでもないわ」
考えるより先に思ったことが口から出たので私は苦笑いを浮かべる。
ハスのことただの憎たらしい奴だと思っていたが、お子様精神というか……タンザナイト家でいかに甘やかされて育ったかが分かる。
さすが、現存の魔法族で最もクラウン級に近い男だ。
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