第3話 初めての模擬戦

入学してからあっという間に1週間程経過した。

その間に行われた授業は、私にとっては復習のようなもの。

ロードクロサイト家では魔法高等学校に入るまで、家庭で魔法に関する知識や訓練を行っている。

魔法高等学校で新たに学べることは正直さほどないのだが、公認魔法族として働くために魔法高等学校を卒業することは必須条件だ。

公認になると、様々な補助が受けられるだけでなく、より高難度なミッションを受けることができる。

高難度になればなるほど、報酬も弾むため、非公認で働くメリットの方が少ない。


ロードクロサイト家という家柄のためか私の親しみやすさの問題なのかは分からないが、私に話しかけてくる生徒もおらず、私も自ら声をかけることをしなかった。

一刻も早く公認魔法族となるために、黙々と授業をこなす日々。


今日の午後からの残りの授業は魔法実習。

入学してから実習は2回ほどあったが、その2回は体育館で行われたため、始業までに体育館に行っていた。

しかし、今日は校舎の中心である中庭に集合。

私は始業の10分前には中庭に行き、花壇前のベンチに腰を掛ける。

赤レンガの校舎に四方を囲まれた中庭は、校舎に沿うように花壇があり、そこに咲く色とりどりの草花は観賞用の綺麗な花や薬草、魔法植物(魔法に使う特別な植物)などが丁寧に手入れされていた。

私はところどころにある魔法植物を観察しながら、使用用途を頭の中に思い浮かべては消していく。


ぼーっとしていても、なぜ噂話は聞こえてくるのだろうか。

背後の開け放たれた廊下窓からヒソヒソと男女の声が聞こえる。

私は気づかれないようにひっそりと聞き耳を立てた。


「見て!あれ、アザレア様じゃない?」


「ちょっ……!馬鹿ッ!声でかいって!」


魔法四天王の家出身ということで何かと目立つためこういうことはよくあるが、あまり気持ちのいいものではない。


「後ろ姿だけでも気品を感じるというか……。育ちの良さを感じるよね」


「確かにな!オーラが違うというか……」


その言葉を最後に男女の声は聞こえなくなる。

後ろを振り返ると、もう男女は私に背中を向けていた。


―前言撤回。知らない人に褒められるのは気持ちがいい。


鼻を膨らませながら正面へ顔を向けると、中庭のちょうど中心辺りに教師の姿を捉えた。

私は制服の胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。


―始業まで残り5分。


私は立ち上がり、なんとなく教師の近辺へ寄る。

周りを見渡せば、続々とクラスメイトが集まってきていた。

名前すら覚えていないが。


再び花壇の魔法植物に思いを馳せていたらあっという間に時間が経ったのか、教師が声を張り上げた。


「1年生の皆さん!本日はグループワークを行います。まず、遺跡まで移動しますよ!」


教師が中庭を出たのを合図にその後ろにダラダラとついていく生徒たち。教師はその移動の最中に遺跡の説明を始めた。


それを端的にまとめると―――

魔法高等学校敷地内にある森の中に古い遺跡がある。

ここには、学校側が6〜4級の低級魔物を放っており、生徒の訓練によく使われている。

遺跡内の魔物は学校側がすべて把握しているため危険はない。

―――だそうだ。


ちなみに、魔法族、そして魔物にはそれぞれ等級が割り振られており、6級から始まると数字が若くなればなるほど強くなる。

4級までが低級、3級以上は高級と呼ばれる。

等級はギルドからのミッションの出来高により魔法省から定められ、等級に合わせたミッションを受けることができる。

学校に入学するほとんどの者は6級だが、私は入学前からミッションを受けていたため3級だ。

ロードクロサイト家では、2級以上のミッションは命の危険が高いからと学校に入学するまで昇級はできない掟があり、それ以上には上がらなかった。

そんな掟がないタンザナイト家で育ったハスはムカつくことに2級魔法族である。



教師の説明を長々と聞いている内に遺跡の前に着いた。

いつからあるのか分からない古びた遺跡はところどころ欠けていることから、かなりの年月の間ここにあることを認識させる。

遺跡を囲む生い茂る蔦や木々は遺跡をより不気味に演出する。

どっしりとそびえ立つ遺跡からは確かに魔物の気配が感じられた。


この学校に入学するほとんどが一般家庭の者で、魔力を使える者は全員学校に入れるようにと学費は無料である。

そのため、自分が魔法を使えるという自覚があるものの、入学前にそれを使いこなしたり知識を得たりしている者は、四天王家出身である私とハスを除けばほとんど居ない。

そんな中、実戦を行うのは中々ハードルが高いなとも思うが、習うより慣れろなこの魔法界においては納得のいく授業でもある。


「それではグループを発表します」


教師により、次々と名前が呼ばれる。

グループは3人1組だ。

私はグループEとして発表され、なんとなく3人が集まる。

四天王会で見たことのない顔ぶれであることから他2人は一般家庭出身だろう。


その2人の内、1人は背が低い自覚がある私よりも小さく金色の肩までの髪を揺らしている女の子。

小さく揺れている朱色の瞳は目尻が垂れ下がっている。


もう1人はハスと並ぶくらい背の高い黒髪の男の子だ。

切れ長の眼から翡翠が見え隠れしているが、どこか胡散臭さがある。


「アザレア様、よろしくお願いします」


背の低い女の子はこれからの実戦が怖いのか私が怖いのか声も揉んでいる手も震えている。

私はできる限りの笑顔を作った。


「よろしく。改めて、あなたのお名前をお聞きしてもいいかしら?」


「あ、はい!私はピアノ・クレークルです」


一瞬視線が交わるが、またすぐ逸らされる。

もしかして、私に怯えているのかと一抹の不安を覚えた。

だが、きっと初めての実践授業が不安なのだろうと都合よく解釈する。


「ピアノさん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。この中には低級の魔物しか居ないもの」


「で、でも……私、魔物と戦ったことがなくて……」


魔法具である杖を両手で持ちながら目をつぶったピアノの両肩に私はそっと手を置いた。


「最初は誰でも緊張するものよ。一緒にがんばりましょう」


私の言葉にピアノは青白い顔からパァと顔が明るくなる。

純粋で可愛らしい素直な子だということが一目で分かった。

その表情からは先程の怯えは感じ取れない。


もう1人の男の子に私は目を向けた。

背が高くすらっとしている割には肩幅が広く、制服を着ていても分かる筋肉質な体。

鍛えこんでいることは私の目からも見て取れる。


「あなたは?私は、アザレアよ」


「僕はカポック・チャロアイトだ。よろしく、アザレアさん」


「よろしく」


笑顔のまま表情があまり変わらないため、何を考えているのかよく分からない。

変な壺とか売りつけられないだろうかと謎の心配をしてしまう。


「それでは、今からワークのルールを説明します!」


グループで一通り挨拶が終わった頃を見計らって教師が手を叩いて注目を集める。


教師の説明はこうだった。


①魔法は何を使っても良い

②魔物を倒した数がグループのポイントとなり、そのポイントを競う

③一番高いグループには、魔法具1つなんでも無料券がもらえる


複雑なものはなく、かなりシンプルなものだ。

授業の一環で魔法具の無料券がもらえるなんて、かなり羽振りが良い。

その言葉に一部の生徒が沸いたのは言うまでもない。

さすが、魔法省直属の学校である。


説明が終わり、教師から作戦タイムが設けられたため、私は2人にあることを聞き出した。


「ワークのために、2人の魔法のこと聞いておきたいのだけれど」


そもそも、魔法族のミッションは、1~3人で赴くことが多い。

複数人で行く場合、同じチームの人が何属性の魔法を使って、何が得意なのかを把握しておくことは重要だ。

万が一想定外のことが起きた際に、それを知っているかいないかで対処のスピードが変わる。

そのため、私は2人にそのことを聞いたのだ。

カポックもピアノもそのことを察してか首を縦に振った。

それに私も呼応し、息を吸う。


「まず私から。私は火属性の魔法をメインに使っているわ。補助的に風の魔法も扱い、戦闘を得意としています」


「わぁ、アザレア様って本当に2つの属性魔法を使えるんですね!すごい!」


ピアノがキラキラした目で私を見てくるので、私は目を見開いた。

人から純粋な尊敬の眼差しを向けられたのはいつぶりだろう。

少し複雑な気持ちになりながら苦笑いを浮かべた。


「大したことないわ。次、ピアノさんは?」


自分の話を早々に終わらせるため、ピアノに話を振った。


「わ、私は水属性の魔法です。どちらといえば、攻撃が得意ですが戦闘は初めてなので期待しないでくださいっ!」


あわあわ言いながら顔を手で覆うピアノに私は思わず微笑んだ。


―なんだろう、この小動物感は。


私は最後、カポックに視線を移す。


「カポックさんは?」


「そうだね。僕は、風属性の魔法を使えるけど、どちらかといえば回復魔法が得意かな」


「回復魔法!?」


回復魔法はクラスが高い魔法族でも扱える者が少ない。

そんな希少な回復魔法を同い年の子が使えるだなんて聞いたことがない。

あのハスですらまだ扱えないだろう。


「そう。自己回復はもちろんだけど、僕は他者をも回復させることができる。もし、君たちが怪我をしても治すことができるから、安心して欲しい」


カポックは主にピアノに向かってそう話した。

緊張しているピアノにとって、それはかなりの安心材料だろう。

にしても、他者を回復できるなんて、少なくとも現在生きている四天王家の中にも居ない。


「……あなた、かなりすごいわね」


「いやいや、アザレアさんには劣るよ」


私はそのカポックの言葉に黙ってしまった。

私は他者回復どころか自己回復だって使えない。

回復魔法は魔力を放出する攻撃魔法と違って、扱い方の難易度も高い。

もちろん、2属性の魔法が使える私もレアな存在ではあるが、他者回復魔法はまた次元が違うのだ。

しかし、今回は大怪我を負うような事態になる可能性は低い。

せっかくなら1位を目指して、魔物を狩る人数は最大人数にしたい。


「カポックさんも攻撃はできるのよね?」


風属性の魔法が使えるとは言っていたが、一応確認をとる。


「もちろん、そっちもぬかりないよ」


「さすがね」


カポックさんの自信ありげな声色に私も少し安心する。


「ちなみに、魔物討伐の経験は?」


「いくつかミッションはこなしたことあるかな」


「あら、そうなの?ますます安心ね」


一般家庭の人で入学前にミッションを受けたことがある人はかなり珍しい。

ということは、等級もそれなりにあるのだろう。


「等級はおいくつ?」


「3級かな」


「えぇ~!?」


カポックさんの衝撃発言にピアノさんは叫び、私は固まる。

なぜなら、3級は私と同じ等級だからだ。

つまり、カポックさんの実力は私にも引けを取らない。

私は緩む頬を必死に抑えた。


「それなら私と同じね。後ろは任せていいかしら?」


「うん、任された」


私がカポックさんに拳を突き出すと、一度首を傾げた後何かを思いついたような顔をして拳同士を突き合わせる。

すると、突然大きな手拍子が聞こえたので、そちらへ視線を動かす。


「みなさん、準備はいいですか!」


教師の声に生徒たちは一斉に注目する。

どうやら、作戦タイムは終わったようだ。


「それでは、始めます!制限時間は1時間、なるべく多くの魔物を倒してください!よーい……スタート!」


教師がそう叫ぶと同時に遺跡の中へ走り出す生徒たち。

私たちも負けじと遺跡の中へ走る。


「私たちはなるべく奥の方から攻めましょう。その方が生きてる魔物も多いでしょうし」


「そうしよっか」


「は、はいぃ〜!」


幼い頃から鍛えていた私の走力に着いてこれているカポックに私は目を丸くする。

3級という等級は伊達じゃないようだ。

一方、早速ピアノの息があがっているため、私はスピードを少し落とした。



奥の階段から2階に昇ると早速魔物が現れる。恐らく5級程度の魔物だ。

3級である私には容易に倒せる。

私は走りながら指をその魔物に向け、魔力を抽出させる。

すると、指の先で炎が渦巻き、その炎が刃のように魔物の体を貫いた。

魔物が消え、魔物が必ず落とす素材であるコアを手に取り、腰に巻いてある袋に仕舞った。


「さすがアザレア様!」


ピアノが私の手を握る。宝石を見るようなその瞳に私は目を引かれた。


「あれくらい余裕よ。次、魔物を見つけたらピアノさんが倒してみて」


私ばかりが魔物を倒していては授業の意味がないと思い、逆にピアノの手を握り返す。


「え、えぇ!で、でも……」


明らかに顔を俯かせるピアノの前で私はしゃがんだ。


「大丈夫よ。私が必ずサポートするわ」


ピアノはしばらく目が泳いでいたが、睫毛を下げた後しっかりと上げ、手に力を込めた。


「わ、分かりました!私、やってみます!」


「その意気よ」


私が立ち上がりピアノの背中をポンポンと叩くとカポックが不思議そうな目で私を見ていた。


「……なにか?」


「あ、いや……」


歯切れが悪そうに目を逸らすので、私はカポックの視線の先へと移動した。


「何?はっきり言いなさい」


腰に手を当て、カポックの顔を覗き込むとカポックは観念したように頭を掻いた。


「……さっきから思ってたけどアザレアさんって優しいんだね」


誤魔化すように笑うカポックに私は目を細めた。

その言葉は裏を返すと、まるで私が酷い女だと言っているようなものだ。


「私ってどういう風に見られてたわけ?」


「気が強くて嫌味を言う高飛車なお姫様」


「なにそれ」


私は思わずツッコミを入れた。

何がどうしてそうなったのか頭を巡らせたが、どう考えても入学式の日にしたハスとのやり取りのことだと思った。

ハスが机を思いっきり叩いたことで、私たちの会話が聞こえている者も少なくなかったのだろう。

今すぐにでもハスを燃やしたい衝動に駆られたが、ぐっと抑え込み眉間を摘まんだ後その手をおろした。


「あれは、売り言葉に買い言葉というか……。普段はあんなこと言わないわよ。というか、あんな態度を取るのはこの世界であいつだけよ」


「あ、そうなんだ。僕はてっきり……」


ねぇと言いながらピアノに同意を求めるカポック。

ピアノはアハハと苦笑いを浮かべた。

あの素直なピアノですら、同じように思っていたことを知り、私はため息をついた。


「ハスの野郎、今度会ったらぶっ殺してやるわ」


「そういうとこ、そういうとこ」


カポックにそう言われ、私は手で口を覆った。

ハスに対してだけ、口が悪くなるのは昔の頃からの癖だ。


「あら、私ったら。今聞いたことは忘れてくださる?」


「僕達は何も聞いてないよ。ね?ピアノさん」


「う、うん!聞いてない!」


「ありがとう」


私たち3人は顔を見合わせてふふっと笑った。

ハスのせいで同級生にとんでもない勘違いをされていたが、誤解が解けて良かったと私は胸を撫でおろした。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

残り時間10分を切ったところで、私たちの魔物討伐数は30を越えていた。

ピアノも魔物との戦闘に慣れ、カポックも簡単な風魔法で魔物を倒していた。


「案外余裕ね」


「まぁ、入学してすぐに強い魔物と戦わせることはさすがにないと思うよ」


「それもそうね」


3人で和やかに魔物を討伐していると、遺跡内に悲鳴が響き渡った。

私たちは顔を見合わせる。


「今の……下からよね?」


「あぁ」


「私、様子を見てくるわ!」


「あ、それなら僕も!」


私が悲鳴がした方へ走り出すとカポックとピアノも着いてきた。

遺跡の地下へと走り、奥へ進むと明らかにクラスが高い魔物の気配を感じる。


「……ここには低級しかいないんじゃなかったかしら?」


背中に変な汗をかきかながら、私は魔物の気配へと近づいていく。

開けた場所に出ると、クラスメイトが何人か血を流し怪我をしていた。

みんなが見つめる先には巨大な魔物。恐らく2級クラスのものだ。

その魔物が放つ魔力で私の額に一筋の汗が滴るが、震える拳に力を込めクラスメイトたちの前へ躍り出る。


「アザレア様っ!」


「カポックはみんなの手当てを!ピアノさんは外に出て先生に報告してきて!」


「で、でも!」


「いいから早く!」


「分かりました!」


ピアノがその場を離れ、カポックが生徒たちに駆け寄った。私が今すべきことは、怪我をした生徒たちが動けるようになるまで時間を稼ぐことだ。

しかし、他者回復魔法にどれだけの時間がかかり、どれだけの魔力を使うのか私は知らなかった。

だからこそ、全力で魔物にぶつかるしかない。


その魔物は、今は距離を取ってこちらの様子を窺ってきている。

私も手に魔力を込め、いつでも出力する準備をした。


「カポック!全員が動けるようになるまでどれくらいかかる?」


私は魔物から視線を外さず、カポックに声をかける。


「……最低でも10分は欲しい」


「分かったわ」


私より等級が上の魔物を10分間相手にするためには、私の魔法奥義ルベライト・ウインドを使って足止めするしかない。

これは火の魔法に風を合わせることで、炎の渦を作り魔物を燃やし尽くす奥義だ。

ただ、2つの属性を使う技は魔力消費も激しく何度も打てるものではないため、使い時は考えなくてはならない。

それに、相対する魔物の図体が大きく、それを燃やすほどの渦を作るとなると、かなりの範囲が必要となる。

いくらここが開けた空間とはいえ、怪我している生徒を巻き込まないとは言い切れない。


魔物が雄叫びを上げ、私に魔力攻撃を飛ばしてくる。

飛行魔法でそれを避けようとしたが、私の後ろには怪我した生徒と治療しているカポックが居る。


―私がここで避けたら、魔物の攻撃が彼らに当たってしまうわ!


私は前方へ手を翳し作った炎の壁で魔物の攻撃を受け止める。

ただ魔物を倒すだけなら露知らず、格上の魔物相手に人を庇いながら戦うことはアザレアでも初めての経験だった。

このままだとジリ貧になる、どうすると頭を巡らせていると誰かの足音が聞こえる。


「ハス様っ!」


怪我した生徒の声によりハスが到着したことが分かった。


「なんで2級の魔物がこんなとこにいんだ?」


ハスの声が聞こえるが、私は魔物から目を離すことなく魔物が飛ばしてくる魔力を炎で防ぐ。

普段は関わりたくない程、いけ好かない奴だが、魔法族としての実力は本物だ。

私はハスに活路を見出し、ニヤリと口角を上げた。


「ハス!アンタ、空間転移魔法使えるわよね!?」


ハスは4属性の魔法が使えるだけでなく、空間転移魔法が使えることを私は知っている。

なぜなら、数年前に使えると自慢して私を煽ってきたからだ。


「あ?それがどうした?」


ハスが私の隣に並び立つ。私より遥かに大きい体に密かに嫉妬した。


「あの魔物を遺跡の外に出すのと、遺跡内にいる生徒全員外に移動させるの、どっちが早い?」


ハスはあ~と顎を触り、指を鳴らした。


「生徒全員だな」


「じゃ、お願いしても良い?」


「は?」


ハスが凄んでくると同時に今度は魔物が腕を伸ばしてくるので、私の炎とハスの風の魔法によりその腕を切断させる。


「コイツ、2級だろ?俺が戦った方が早くね?」


「アンタが戦ったら遺跡ごと崩れるでしょうが。まだ中にみんな居るのよ?」


「それで死ぬような奴は、魔法界に足を突っ込むべきじゃない」


ただでさえ切羽詰まったこの状況で、いとも簡単に他人を切り捨てる発言をするハス。

こういう奴だとは分かってはいたけれど、この場面においても平然としているハスに私は一気に怒りが込み上げた。


「……いい加減にして!」


私はハスの頬に思いっきりビンタをかました。

頬を抑えながら固まるハスに私は言い放つ。


「人命優先!私たちがやるべきことは魔物を倒すことじゃない!全員の避難の時間を稼ぐことよ!」


ハスに向き直っても魔物は攻撃の手を緩めない。

数々と飛んでくる1つ1つの攻撃に舌打ちしながら炎を放つ。


「アンタだから頼んでるのよ。アンタだったら、クラスメイトの避難くらい余裕でしょ」


ハスの煽るようにボソッと呟く。

ハスはしばらく固まったが、ニヤリと口角を上げた。


「3分で終わらせてやるよ」


「任せた」


ハスはカポックたちの方へ走り出し、怪我人を集めると転移魔法により姿を消した。

それにより、私は防戦をせずに済むため、自身の力を思う存分使える。


「さぁ、ここからが本当の戦いよ」


私は炎の剣を作ると、地面を蹴りあげ魔物の腕に向かって炎の剣を振り下ろす。

腕を切り落とすが、すぐ腕を再生させる。

炎の玉を作り、それを数発飛ばし魔物の体に穴を開けるがそれもすぐに再生された。

私は魔物と距離を取る。

再生能力が高い魔物は再生する隙間を与えず、一気に倒さなければならない。

そのために、ルベライト・ウインドを使うことは有力であることを確信した。


私はヒットアンドアウェイで魔物に適度に攻撃を与えながらハスの報告を待つ。

魔物も攻撃の手を緩めないため、体の端々が切れ血が滲む。

格上相手にこれくらいの傷で済んでいるなら、むしろ上等であった。


魔物が長い腕を私の方へ真っ直ぐ伸ばしてくる。

その腕に飛び乗り、腕の上を走りながら魔物の中心部へと近づく。

魔物の目に向かって炎を爆発させると、魔物は目を抑え体を丸くした。

魔物から離れると、そこに転移魔法でハスが戻ってきた。


「アザレア、避難終わったぞ」


「待ってました!」


魔物が蹲っている間に私は全魔力を右腕に集中させる。

それを手先に移動させ、私は叫んだ。


「ルベライト・ウインド!」


右手から炎の風が吹き荒れ、魔物をあっという間に包み込み、天井が崩れだす。

私とハスは飛行魔法を使って降ってくる瓦礫の隙間から遺跡を脱出した。

遺跡の遥か上空まで炎の柱が上がると、魔物が断末魔をあげながら消滅する。

炎が収まると私は魔物が居た場所まで戻り、魔物のコアを取った。


上空から生徒たちが集合している場所へと降り立つ。

私は教師の元へ歩いて、そのコアを見せた。


「これで、私たちのグループが1番でしょうか?」


ニコリと微笑むと教師は苦笑いを浮かべた。


「アザレア様!」


「アザレアさん!」


私の元にカポックとピアノが駆けつける。


「アザレア様!大丈夫ですか?」


ピアノが私の傷を見て目に涙を浮かべていた。


「このくらい平気よ」


「怪我してるじゃないか。僕が治すから、そこに座って」


丁度座れるくらいの石を指さすカポックに私は首を横に振った。


「本当に大したことないから大丈夫よ。それより、怪我したみんなは大丈夫かしら?」


「あ、あぁ……。それはもう治療したよ」


「そ、良かった」


私は胸を撫で下ろした。

かなりの出血がある者も居たため、そんな怪我人を治せるカポックの回復魔法の威力は凄まじいなと感心した。


「ほら、君も座って」


カポックは私の肩を掴み、無理矢理石に座らせると私と同じ高さまでしゃがみ込み、私の体の前で手を翳した。


「ヒール」


カポックが呪文を唱えると、カポックの魔力が私を覆い、見る見るうちに怪我が治っていく。

怪我だけでなく、少なくなっていた魔力も少し回復しているようだった。


「あなた、本当にすごいわね」


「そう言ってもらえて嬉しいよ」


サラッと応えるカポックに私は微笑んだ。


「けっ、あんな奴に怪我させられてだっせぇヤツ」


ハスが仁王立ちになって私を見下ろしていた。

私は言い返してやりたくなったが、ハスが居なければより多くの被害が出ていたことだろうと思い、ぐっと堪えた。

すると、カポックが私を守るように腕を伸ばした。


「怪我してでもみんなを守ってくれたアザレアさんに向かってその言い方は失礼じゃないか?」


「あ?弱い奴に手を差し伸べて自分が怪我してちゃ本末転倒だろ?」


「元々、あの遺跡には低級の魔物しか居ないはずだった。不測の事態が起こった時のアザレアさんの指示は的確だったと思うが?」


「何それ?正論?」


カポックとハスが静かに睨み合いを続ける。

私はその2人のやり取りを見て、昔小説で読んだ「私のために争わないで!」ってセリフが脳裏に浮かんだが、さすがに口に出すのはやめた。


「カポックがいなければ怪我した生徒が助からなかったかもしれないし、ハスがいなければ巻き込まれた生徒がいたかもしれない。今回はそれで十分じゃないかしら?」


私の言葉に2人はじっと見つめ合ったあと、同時にフンッと顔を逸らした。

そんな2人に私とピアノは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「不測の事態により、今日の授業はここで終わりにします。学校に戻ってください」


教師の言葉に生徒たちははしゃぎながら校舎へ戻っていく。

私はゆっくり立ち上がるが、一瞬血の気が引き倒れそうになる。

カポックが私の体を抱きとめくれたおかげで、私は地面に倒れずに済んだ。


「おっと、大丈夫かい?」


「えぇ、ありがとう」


カポックの涼し気で綺麗な顔が目の前にあり、私は思わず目を逸らした。


「捕まって」


カポックの低く優しい声が脳に響くと、私の体は一瞬宙に浮く。

次に目を開けた時にはカポックの顔を下から見上げている形となっていた。

咄嗟に落ちないようにカポックの首に手をまわした。


「カポック?」


「医務室まで運ぶよ」


カポックが平然と歩き出し、近くにいたピアノはそんな私たちを見て、顔を赤らめていた。

そのピアノを見て、私も急に心拍数が上がる。


「だ、大丈夫よ……?自分で歩けるわ」


「魔力を一気に放出したんだ。無理は良くない」


私を安心させるように笑ったカポックは、再度まっすぐ前を向いた。

私はそんなカポックから目を逸らし、空を見つめていた。

暖かな陽だまりが妙に心地よかった。




次の日、グループワークで見事1位を獲得した私たちグループEは、無事に魔法具の無料券を受け取った。

私は、その券を使って以前から欲しかった魔法具を購入したのだった。

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