第2話 最悪の関係

入学式が終わり、学び舎である1年の教室に生徒たちは入った。


階段教室となっているため、特に席は決まっていない。

既にいる生徒たちの大多数が教室の後方に座っており、真ん中の席がぽかりと空いている。

心理的に後ろに座りたくなる気持ちも分かるが、教壇から見えづらいのは後方ではなく前方であることを私は知っている。

そのため、私ーアザレア・ロードクロサイトは教室の前を堂々と通り、窓側1番前の席に腰を落ち着けた。

入学前からの知り合い同士であろう人達が何人か固まっているのを横目に前方の黒板へ視線を移す。

そこには、「1限目 魔法史〜座学〜」と書かれている。

そんなこと書かれなくても、事前に配られた時間割表によりそれは既知だ。


魔法高等学校では、入学初日から授業が始まる。

全寮制のため、入学前から入寮し、そこで教科書を買ったり校舎の説明を受けたりした。

無論、私も例外なく入寮し、既にこの学校の環境には慣れつつあった。


私が魔法史の授業準備をしていると、途端に教室がざわざわと騒がしくなる。

ふと扉の方へ目を向けると、そこにはハス・タンザナイトの姿があった。


彼とは魔法四天王会(魔法四天王の家が一堂に会するもの)で、幼い頃から度々顔を合わせている。

その頃から彼に良い印象は持っていないため、私は視線を自身の手元に戻した。


ハスは無駄に顔が良い。

その見た目で王国内でも人気の魔法族で、たまにモデルのような仕事もこなしているようだった。

そんな半有名人な彼を見て、女子も男子もキャーキャーと悲鳴を上げている。

それに応えるようにウインクを投げているハスもハスだが。


─しょうもないなぁ。


と思いながら授業の準備をし終わり顔を上げると、視界をネイビーの制服が支配する。

主を辿るようにゆっくりと顔を上げると、そこには私のことを見下ろしているハスの端正な顔が目に入った。

透き通るような爽やかな瞳とは真逆の冷徹な視線。

私はその圧に負けじと見つめ返す。

ハスは、軽い舌打ちをすると私の机をどんっと叩いた。


「テメェ如きが首席なんて、この学校の連中も見る目ねぇな」


見下すような言動、昔から口を開けば憎まれ口しか叩かないハスに私は慣れきっていた。

嫌いならば関わらなければいいものを何故かしつこく絡んでくる。

私は1つ溜息を吐いてニッコリと笑顔を作った。


「あら、ハス様も同じ学校に入学されたのですね。気づきませんでしたわ」


私は手の甲で口元を隠す。

実際、壇上に上がった時目立つ水色の髪で彼の存在は認知していたが、言われっぱなしも腹が立つので嫌味を返す。

すると、ハスの顔は益々険しくなり、腰を曲げて顔をぐいっと近づけてくる。


「は?俺様のこの美貌が目に入らないとかお前目悪すぎだろ?」


ナルシストな言葉に私の額に青筋が浮かび、胸の前で腕を組む。

また、あくまでも同じ立場に立たないように笑顔を崩さない。


「そちらこそ、授業前だというのに大層お元気ですわね」


《お元気》というのはもちろん言葉通りの意味ではない。

朝からうるさいという意味だ。

ハスは私の言葉に息を吐くと、上体を起こす。


「テメェも相変わらず嫌味ったらしいな」


「あなたも相変わらず品性がない方ね。少しは成長したらどうかしら?」


「減らず口だな!」


「そちらこそ」


売り言葉に買い言葉のやり取りはいつものこと。

ハスの眉間には思いっきり皺が寄るが、私は極力笑顔で返す。

怒りで目の端が震えているのはご愛嬌。


お互い口を噤んで無言の視線バトルを繰り広げていたところで始まりの鐘が鳴る。

ハスは盛大に舌打ちをした後、私を睨みつけながら後ろへ向かう。

窓側1番後ろの席に座っていた大人しそうな男の子に「そこどけ」と言うと、その子は体をビクッとさせて荷物を慌ててまとめると1つ前の席へ移動した。

ハスは空いた席に足を広げてどかっと座り、机の上に鞄を乱雑に置く。

あまりの態度に私が唖然としながら見ていると、ハスが「あ?何見てんだよ?」と言葉を投げてきたので「見てないわよ」と返して前を振り向いた。


ハスの魔法族としての実力は本物だし、認めたくはないが顔だけは良い。

ただ、あの傲慢な性格が私にとっては嫌悪の元だった。

今後の学校生活でもなるべく関わらないようにしようと私は心に決めた。

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