第8話

 目を丸くしてその様子を見ていたエヴァンも、吊られたように杯に口をつけ、一気にあおりました。


 ふたりが飲み干すのを見届け、私は心底ほっとしました。杯を受け取ると、空になった瓶と一緒に籠に仕舞います。


「リラ……? それに、エヴァン?」


 掠れた声で、プリシラが呟きました。


「ここはどこ?」


 エヴァンははっとしてプリシラを見、眉を寄せると涙ぐんだように目を細めました。そして、力なく膝の上に置かれたプリシラの手をぎゅっと握りました。


 エヴァンとプリシラは一瞬見つめ合い、けれど、とたんに目を見開きました。その瞳に浮かぶのは、戸惑いと、困惑。そして、冷ややかな嫌悪。深緑色の瞳は惑うように泳ぎ、茶褐色の瞳はすっと冷めた色を浮かべます。


「エヴァン、私ね。本当はあなたのことなんて好きじゃなかったの。でも、あなたは村の中でも将来有望な人だし、お父様もお母様もあなたを気に入ってた。だから、仕方なく……あなたは、すぐに街に行くって聞いたわ。私、まだまだたくさんの恋をしたい。あなたが帰ってくるまで、たくさん恋をして、帰ってきたら、大人しくあなたの奥さんになるつもりでいたの。でも、無理そうよ。私、あなたのこと好きになれそうにない。あなたって、堅物で、ひどく優しすぎるわ。私、もっと情熱的な恋をしたいの。大恋愛の末に、愛する人と結ばれたいの。だから、ごめんなさい」


 プリシラは頭を下げました。砂ぼこりまみれの巻き毛が、力なく垂れ下がります。

 

 エヴァンはその姿を見て、悔し気に目を細めました。それから、深く息を吸うと、大きく吐き出し、肩を落とします。彼の大きな体が、どこか萎んで見えました。


「謝るのはこっちだ。俺は薄々、君の気持ちに気づいていた。だけど、一度した約束だ。俺は君の初めに言ってくれた言葉を信じようと思ったし、その時交わした俺の言葉を覆したくはなかった。俺のことは気にしなくていい。俺が見ないふりをしていたのは君の気持ちばかりじゃない。俺自身の気持ちについてもなんだ」

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